009.拾いものと減らないクッキー
王都への道すがら、馬車が予定外に止まった。
馬車の外からは何やら馭者と、それ以外の男性の声がする。
「どうかしましたか?」
アンは馭者に向かってそっと声をかける。
「いや、怪我してるやつがいて...どうやら助けを求めてるみたいで。このあたりはまだ物騒な地域だし、どうしたもんかなあ。」
馭者は困った様子で返事をする。
アンは自身の目深に被ったフードを下ろし、チラッと外を覗いた。
すると、道の端の方に木に寄っかかった状態でボロボロの服を纏い座っている男の様子が見えた。男も灰色のフードを被っており顔も年齢も分からないが、細身で長身の男性といったところか。今一度アンはフードをかぶり直し、声をかける。
「どうしましたか?大丈夫ですか?」
すると男は、
「...!何か...飲み物と食べ物を分けていただくことはできないでしょうか?王都へ行く途中、…落馬して動くに動けず、荷物も馬に付けていたがいなくなってしまった...。」
一筋の希望が見えたという声で、必死にアンに頼み込んだ。それでも体力が落ちているのか、声は細く動けずにいる。
アンはその様子を見て即座に答える。
「多くはありませんが、分けることができます。落馬して王都への足もないのなら、乗っていってはいかがですか?」
「悪いことは言わない。お嬢さん、私は貴方に雇われている身だから拒否はしないが、見知らぬ男を同乗させるのは危険ですよ...。」
馭者は疑うことを知らないアンにコソッと忠告する。それでなくとも見目麗しい少女のようなアンに、道中何かしてくる可能性も考慮して、断った方が良いと考えていた。
「あ!そう...ですよね...でも...。」
アンはチラッと精霊たちをみる。
(最悪は吹っ飛ばしてもらえる?)
と、精霊たちに聞いてみる。
「うん、あの人間本当に弱ってる〜」
「今は嘘言ってな〜い」
「私たちアンには触れさせな〜い」
「こう言ってることですし、大丈夫です。いっしょに王都まで乗せていきましょう!」
「こう言ってるって...お嬢さん何のことだい?」
馭者はキョトンとした顔をした。
「あ。いえいえ!こっちの話です!気にせず!」
アンが慌てて両手を振って訂正すると、アンのミスに精霊たちはヤレヤレと首を横に振る。
「そうかい、ひとまず後ろに乗ってもらうとするか。何かあれば、すぐにでも声を上げるんだよ。」
人の良い馭者はコソコソとアンに忠告だけした後、男に手を貸すため馬車から降りて手を差し出した。
すると、フードの男は目に輝きを取り戻した。
「いいのか!?乗せてもらうだなんて...!恩にきる。」
「はい、旅は道連れ世は情け、ですよ!」
アンはキリッと答える。が、そんなことわざはこの世界には存在しない。
「「道連れ...??」」
なんだか不穏そうな言葉に聞こえたのだろう、馭者と男はアンを不思議そうに見つめた。アンはやってしまったという顔をしたがもう遅い。
「ともかく、リンゴとパンとスープ、それから紅茶があります。さあ乗ってください!」
アンは急いで話を逸らす。
「感謝する。世話になる。」
馭者の肩を借りて、男はヨタヨタと馬車の荷台に乗り込む。立ち上がると、細身ではあるが屈強な肉体である事が予想できた。
「じゃ、出発するから転ばないようにしてくれよ。」
馭者はそう言うと、馬を走らせた。ガタガタとまた馬車は走り出す。
男は馬車が進み始めると、安心したようにフードをとりグッタリと荷台に寄りかかった。その瞬間、体が痛んだのか、男はうっと小さくうめいた。
アンは男が楽な体勢になるように手伝ってやった。そして、怪我の治療と食事どちらを優先すべきかを聞いた。
少し迷ったところで、男は申し訳なさそうに食事を希望する。
アンはチラッとその顔を見た。服装が女性ものなら、女だと思ったかもしれない。
そのくらい端正な顔立ちで、少しドキッとしてしまった。
淡いサラリとした金髪にブルーの瞳。この世界では珍しい。アンと同じでフードなしではさぞ目立ってしまうだろう。
よくよく見ると、落馬のせいか血みどろかつ泥だらけではあるが、身なりはとても良い。長剣を携えており、その竜の模様が付いた独特なブーツを履いているところから、王都の騎士だろうと想像が付く。お礼ももらえるかもしれない。最高の拾いものだと思う。...普通は。
アンは人の外見など何一つ気にしなかった。さすがに金髪は目立つなぁとは思ったが、それだけだ。その時のアンには、まだ予感めいたものも何一つ無かった。
食事を用意する間、ひとまず話題もないので、髪のことにふれた。
「金髪ですと目立ちますよね。この国では。」
「・・・。」
これまでも見た目で言い寄る女は多かったのだろうか、男はアンに対し少し距離を取って様子を伺うような素振りをした。実際、男はその見目麗しい姿から、女に外堀を埋めて事に及ぼうとされる事も多かった。
すると、アンは男の警戒心を感じ、
「あ、すみません、見た目のことってあまり触れられたくないですかね。私も珍しい色なので、勝手に共感してしまって。」
と、アンは自分の被っているフードを外した。
「君は・・・!」
男は目を見張った。目の前のアンのプラチナブロンドの髪と、金とブルーの混ざる独特なグラデーションの瞳をまじまじと見た。
まるで、夜空に浮かぶ星のようだ。と、男はその瞳に一瞬で魅了された。
「私、昔からこれで悪目立ちしちゃって。男の子達に意地悪された事も多くって、王都ではなるべくフードを被ったりしていなさいって祖父からは言われてるんです。あ、どうぞリンゴとパンです。」
アンは食事を準備しながら、たわいもない話をしているつもりだった。
「ありがとう、おじいさん、か…そうか…。」
男はリンゴとパンを恭しく受け取る。アンは男の子達が意地悪をしてくると言うが、好きな子に悪戯をしていたという事なのだろうと想像がついた。
男はそれに思い至ると、少しおかしくなって微笑んだ。
その微笑みを見たら、普通女達は黄色い悲鳴を上げる。むしろ笑顔見たさにさまざまな策略をしかけてくるほどだ。
「あ、良かった。笑う元気は出てきたようですね。」
だが、アンにとっては健康を測るバロメーターくらいのものだった。にっこりと笑うアンに、男はほんの少し顔を赤らめた。
「アン〜」
「僕らもオヤツがほしい〜」
「チョコレートクッキーがいいの〜」
そして精霊達も人間のみてくれなど1mmも気にしない。
アンは精霊達にもチョコレートクッキーを渡すため、後ろ手に袋を渡した。そして男が血みどろの包帯を巻き直している隙に、後ろを向いてボソッと、
(全部は食べちゃダメよ!あと2日分なんだからね。)
とだけ言って紅茶を準備した。
「ひえ〜これであと2日!」
「足りない〜」
「増やしちゃう?」
「「「そうしよう」」」
精霊たちの怪しい会話を聞きながら、アンは男にスープを渡す。クッキーを増やすという言葉に、嫌な予感がして変な顔をしてしまった。それを見た男は、なんだか変わった女性だ...と思った。
「アン〜!これでもう大丈夫!」
「いっぱい食べれる!」
「アンの分も増やしてあげる」
どうやったかは分からないが、自分の背中の方にクッキーの袋ごと10個増えていた。
(3Dプリンターじゃあるまいし!!!)
アンは前世ツッコミをいれた。完全なコピーに、馬車の中のクッキーの匂いが強くなる。そして、アンの背中の幅からクッキーの袋がはみ出して転がる。
「あれ、なんだかいい香りがしますね...」
男はパンを食べていた手を止めて鼻をスンスンとさせる。
「あ、あの、えーと...紅茶ではないですか!?こちらもどうぞ!」
「うーん、この紅茶もとても香りが素晴らしいですが、これとは違う...甘い...??」
「ク、クッキーをたくさんローブの中に仕込んでいたんです!おひとついかがですか!?」
「え〜あげちゃうの〜!?」
「それは想定外〜」
「もう少し増やしちゃおうか〜」
「「「それは良い考えだ〜」」」
精霊何故幼稚園児の劇のような喋り方なのだろうと変なところだけ冷静に考えながら、アンは男に向けて笑顔をキープする。
後ろではトサットサッという音が6回したので、合計15袋になったらしい。アンは背後からクッキーの袋がはみ出ないように必死になる。
男は紅茶とチョコレートクッキーも受け取り、よほど気に入ったのか精霊たちの行動など気付くこともなく、美味しさの余韻に浸っていた。