089.ヘクシュッ
...
「アンが食事を食べていない...?」
グレイソンは窓から入ってきた白タヌキに気付いて人払いをした。そして、真剣な面持ちで白タヌキと向かい合った。
アンが限界に近付いている事に気が付いた白タヌキは、既に白虎の姿を知るグレイソンに助けを求めた。背中にはキーキーと泣きじゃくる最高位精霊達が乗っている。
「アン ハ 怯ゑテイル」
「怯える...?...どうしてだ。どうして彼女はそんなにも怯えるというのだ...!王宮にいれば間違いなく安全だ。精霊様も国に危害を加えないと説得してくれていると言っていたではないか!?
騎士団もすぐに動く!お前だって付いているのだろう!」
グレイソンはダンッと強くテーブルを叩く。自分の励ましなどではアンの恐怖心から解き放ってやることが出来ないことに、怒りを覚えていた。
対する白虎の瞳には、もはや光が無かった。白虎は毎日常にアンに寄り添い続けていた。心を擦り減らす者に付き添う者も、段々と擦り切れていくものだ。
「アンガ恐レル ハ 己ガ存在、ダ
アノ日 アン ハ 焼ケ出サレタ人間
見タ 何十人 助ケテ回ッタ」
低い、低い重厚な声で白虎は答えた。白虎の纏う空気は、いつもの穏やかなその風ではなく、雪国のそれだった。
白虎はいつもと違い、睨む事もグレイソンに喧嘩を売る事も無かった。
グレイソンは、白虎が悩み、苦しみ抜き助けを求めてやってきたのだとハッとする。その白虎の姿に、グレイソンは小さくすまない、と呟いた。
「アン...彼女は何も...何ひとつ悪くないじゃないか...。そんな彼女だから精霊様も味方するのだというのに...!」
グレイソンもまた拳を握り締め、下を向くしかなかった。鍛え上げた肉体も、磨き抜いた思考力も、何もかも役に立たない。1番護りたいものを守ることには、何ら役に立たないという事実に打ちひしがれた。
...
「アンが、食事も摂らなくなった...?」
ヘンリーは眉を顰めた。国王の元へと歩いていた足を思わず止めてしまった。
「おう。風の奴らが泣いて泣いて仕方ねぇ。引っ叩いて食わせりゃいいと言ったんだが。」
火の最高位精霊はヘンリーの肩に乗っていた。
「カゲ、それは逆効果だろうな。」
ヘンリーは溜息をつく。
「しかし、食事を摂れぬほどとなると、いよいよ待っているわけにいかなくなってきたな...。」
ヘンリーもまた、アンにしてやれる事は何でもやってきた。万策尽き、正直に言えばお手上げの状態であった。
「カゲ、また何か変化があれば直ぐに知らせてくれ...。」
...
「アン、大丈夫かしら...。」
クロエは花の手入れをしながら、ジャスパーに声をかけた。
「なぜなのだろう。王都を滅亡させる程の力を有することのどこが悪いことなのだろうか。」
ジャスパーは首を捻る。
「いや、アンタね...。見てなかったから分からないだろうけど!本当に下手したら王都を洪水で押し流してたかもしれないわよ...。もしくは雷の雨で滅びていたわ。結構本気で身の危険を感じたわよ。...あの、馬鹿女のせいで!」
クロエは持っていた花束をビシッとジャスパーに向ける。セヴァーン子爵夫人が処された後も、クロエはまだ苛立っていた。
すると花が合わないジャスパーは、ヘクシュッとクシャミをした。
「また!失礼ね!この花の香りが合わないとでも言うの!?」
クロエは理不尽に怒る。
「いや、むしろおそらく花粉の方かと...。」
ジャスパーが訂正する前に、クロエはフンッと鼻を鳴らして花屋へ戻ってしまった。
ジャスパーは理不尽だなぁと首を傾げて再び作業に戻った。
評価★★★★★ブックマークよろしくお願いします!
とても温かなコメント、レビューを頂き感謝しております。引き続き、更新がんばります!