079.魔法使いの重み
「フフッ!アハハハハ!!あ〜、ほんと馬鹿ね。その程度で済ませてやったのだから、有り難く思いなさい?」
女は高笑いすると、従者達を引き連れて外につけてある馬車へ向かおうとした。顔面蒼白になったアン達を見て、恐れ慄いたのだと勘違いした女は、気分爽快とばかりに恍惚の表情を浮かべていた。
「アン!!!大丈夫か!?今どうなってる!?」
ウィルが駆け寄り周りを見渡しながら、アンに尋ねた。
「あ...!!!お、お願い!皆、私なら大丈夫だから!!!お願い聞いて!怪我もしてないわ!」
アンは必死になって精霊達に呼びかける。
「アン...精霊様は...かなりまずいってことか...!!」
ウィルはアンが返事もせずに精霊達に声をかけ続ける様子を見て悟った。
風の最高位精霊達の怒りを買ったということ。
そして、アンが抑えられないほどに怒り狂っているということを。
幸いにも今、店内に他の客は入っていない。店員達は状況を察して皆アンに寄り添ってくれている。
しかし、下手すると王都中、国中を巻き込む一大事になりかねないのでは...とウィルは冷や汗が出始めた。
子爵夫人が店から出ようとした時だった。いつもなら存在しない扉が、強大な風魔法によって閉じられた。もはや内側から外の様子は何一つ見えない。
轟々と砂埃や石を巻き上げ、子爵夫人の前に触れれば手の切れそうな風の壁が立ちはだかる。
これはどういうことかと慌てて確かめようとした従者の女性一人が、風の壁に触れて数メートル後ろまで吹き飛ばされた。
子爵夫人は驚き、身を捻りそれを避けると、使えないわね、と舌打ちをする。
頭部を強打しそうな勢いに、ウィルが受け止める体勢に入った。それでも勢いは殺しきれず、ウィルごと後ろに吹き飛ばされた。
ガシャン!!っという音と共に後ろのテーブルと椅子にウィルの背が叩きつけられた。
「ナゼ...!!!」
「ナゼ、タスケル」
「店主ヨ」
怒り狂う精霊達は、ウィルすらも敵と見做す寸前だった。深紅に燃えた瞳は、ゆらゆらと揺れ動く。
「お願い!フウ、プウ、ブウ!!!私は無事よ!落ち着いて!!」
アンは傷を手当てしようと来てくれたクロエを脇に退かし、精霊達と子爵夫人の間に手を広げて飛び込んだ。
「何を言っているの、この頭のおかしい女は...!?」
突然の出来事に、子爵夫人は動揺が隠せない。
その一言で今度は、店内にいても視界が真っ白になるほどに外が光り、
カラカラガラ.......
ガシャーーーン!!!!!!
と、まるで爆撃が落ちたかのような音と衝撃に、クロエや従者達が大きな悲鳴をあげる。
ヒンッという一瞬の馬の嘶きの後に、ズシャッと大きな音がしたため、恐らく店の前につけていた子爵夫人の馬車に雷が落ちたのだと推測する。
「ソノ 勘違イヲシタ女ヲ」
「差シ 出 セ」
「殺 ス」
どれ程落ち着くように懇願しても、我を失った精霊達にアンの声は届かない。このままでは、王都中に天災が降りかかる。
ザァッ...と10m先も見えない程の雨まで降り始め、落雷は自然ではあり得ない頻度で落ちるようになった、アンは急激に魔力が持っていかれ、目眩を感じた。
今更ながら、アンは精霊達に愛されるという事、そして強すぎる力の重みを痛感した。だからこそ魔法使いは、護衛付きで過ごしている者が多いのだ。
どうすれば精霊達が止まってくれるのかが分からず、アンは手の先の感覚が薄れるほどに身体が冷えて震えが起こり始める。
「さっきからあなた!何ですの!?無礼よ!」
状況を理解できない子爵夫人が、再びアンに手をあげようとしてきた。アンが気付いて振り向くと、夫人の手が目の前に迫っていた。
だが、ウィルが後ろから手首を捻りあげると、首にトッ...と手刀を叩き込んで防いだ。
残り数人の従者達は、何が起きているのか分からず忠誠心もない主人になど構うことはなかった。皆一塊になって、ただ震え上がっている。
「アン、お前だけでも落ち着くんだ。」
ウィルはゆっくりとアンに近づき、抱き締める。そして、ポンポンッと実の父親かのようにアンの頭を撫でた。
アンの身体の震えはまだおさまらないが、白タヌキもアンの頬を舐めて痛みを癒そうとしてくれた。
そして、白タヌキはフウ達の方へと向かい、ビュウウウウッ...という低い風の音と共に白虎へと姿を戻した。
白虎は倒れた子爵夫人をそっと踏みつけると、精霊達に向き合って会話をはじめた。
風の精霊の言葉での会話は、10分程度だっただろうか。
言葉はわからないが、精霊達の荒々しい顔つき、いきり立ったその語気に、アンは身体の震えが止まらなかった。外の豪雨と落雷の音も、不安を煽った。
恐怖に震えながらも、アンはテディやジョシュア、クロエにも状況を伝えた。
そして
ようやく、雨がやんだ。
白タヌキもいつもの姿に戻ると、ドッと疲れたようにアンの膝の上に丸まった。
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