078.青天の霹靂
評価★★★★★レビューありがとうございます!ほぼ★5つをつけて頂けていることに、とても感激しています!引き続き、更新頑張って参ります!
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それからひと月ほど経った頃。
ノワールの足は一人で移動できるほどに回復していた。
複写機に関しては諸々の調整が佳境に入っており、ウィルやヘンリー、カドガンは目が回る忙しさだった。そのため、ここ数日は家に帰ることも出来ず過ごすはめになった。ちなみにヘンリーが多忙を極めた事で、1ヶ月もの間殆ど会えなかったクロエは、下を向いてしまった薔薇のようにしょげていた。
テディの複写機を利用した服は、クロエが着て歩いた事で王都中で噂になっていた。華やかな見たこともない花柄のシャツに、エメラルドグリーンのミモザ丈のスカート。つばの広い赤い帽子にクロエの美貌だ。ヘンリーとクロエが歩く様子を見た者は、まるで物語の王子と王女のようだったと言い表した。
それからというもの、早速毎日のように貴族から注文が入り出した。そのため、以前下級層の街で職を探していた子供達数名がテディの下で働き出していた。
ジョシュアは可愛らしいイラストが描かれたパンのバリエーションを増やし、予想通り女性や子供に大人気となった。家族のお茶会用にも一口サイズのパンを作るようオーダーメイドでの依頼が来たものだから、それは渋々対応していた。
ジャスパーは複写機の販売に大忙し...
かと思ったが案外家族も大切にするようで、複写機の生産をさっさと済ませて数週間のバカンスに出てしまった。
バカンスに出る前日、「夫が休みになりご迷惑をおかけするかもしれません」と奥さんが店に挨拶に訪れたのには驚いた。小柄でフワフワとした印象の愛らしい奥さんだ。
ジャスパーは奥さんをアンに紹介すると、奥さんにもポートマン製品の素晴らしさを熱く語り始めた。が、すぐに奥さんから「ご迷惑よ」と脇腹にガスッと拳が入り、ジャスパーは姿勢を正して黙った。小柄な愛らしい女性とは裏腹に、なかなか良いジャブが繰り出された。
そして、今アンは。
「あなた、私の専属侍女にしてあげてよ。」
目の前の貴族であろう女性に、対応を決めかねていた。顔立ちは美しいが目の吊り上がったその女性は、場違いな派手さのドレスに身を包み優雅に紅茶を飲んでいた。
「なにこの女〜」
「やっちゃう〜?」
「大賛成〜」
女性はたった一言目にして、精霊達の怒りを買った。
不穏に巻き上がる風に、女性の従者達は何事かと周りを見回す。ウィルの本屋の本が幾つかパラパラと捲れた。
しかし、女性は気付いていないのか、テラスで紅茶を飲み続ける。
「この紅茶とても気に入りましたわ。それに...あなたの田舎っぽさは残念ですが、その珍しい見た目にも興味がありますわ。美しく着飾って差し上げます。こんな本屋の小さな紅茶屋など辞めて、私の下に来なさいな。」
「「「はい、敵認定〜」」」
精霊達がますます怒り狂いそうである。クロエの花屋の花びらが少し散ってしまった。アンはため息をついて、後で弁償しようと考える。
今、精霊達はアンから見て正面、女の後ろに陣取っている。そのため、アンは小さく首だけ振って必死に精霊達を宥めているのだ。
いつもは穏やかな精霊達が目を赤く光らせている。アンもこんなに怒っているところは初めて見た。先ほどまで晴れ渡っていた空が、分厚い雲に覆われはじめていた。
「あら、セヴァーン子爵夫人の私に対して首を横に振るなんて...生意気ですわね。あなたどこぞの田舎から出てきた感じですし、庶民の出でしょう。
私の命令に逆らうと、どうなるかお分かりかしら?」
そこで、アンは首を傾げて少し考える。
アンはたしかに庶民だ。
だが、命令に従ってしまうと精霊達が子爵家ごと木っ端微塵にしそうである。
そうでなくとも国に10数人しかいない魔法使い...という肩書きを考えれば、ヘンリーや国王陛下から子爵家に圧力がかかり彼女は大変なのではないだろうか。
そのため、アンはこう答える。
「そうですね...。どちらにせよ大変かと思います。」
その答えに、都合の良い解釈をした女は、分かれば宜しいとばかりにニヤリとする。
「その通りよ。明日また迎えに来てあげるわ。必要な道具を持ってきてちょうだい。
この、汚らしい獣は置いてくるのよ。」
子爵夫人は白タヌキをキッと睨むと、椅子に座り組んだままの足でシッシッと遠さげた。
白タヌキ自身は気にも止めず、おおらかに欠伸をしただけだった。
だが、それにはアンがムッとした。
ノワールの足を治してくれたり、騎士団の重死傷者0に大きく貢献してくれている白タヌキを足蹴にするなどあってはならない。
それ以前に、今やアンにとって白タヌキは大事な"家族"なのだ。
「あの...!!この子は汚くありません!丁重に扱って頂けますか?あと、私はここを離れることはできません。」
アンは白タヌキを庇うように抱き上げた。
アンも若干の怒りが混ざり魔力が漏れ出る。天候はますます大きく崩れ始め、雨は降らないまでもカラカラと雷の音がし始めた。
先程から様子がおかしいと思ったウィルやクロエ達が、助けに入ろうとアンの方へ急ぎ歩み寄ってくる。
突然の天候の変化に子爵夫人も少しは驚いた様子だったが、意見をしてきたアンへの苛立ちを募らせた。
「紅茶を淹れるしか能のない、愚かな女に手を差し伸べてあげたっていうのに。もういいわ...。」
女の吊り上がった目と口が、不気味に弧を描いた。すると、椅子から立ち上がりアンに近付き、頬に手を添えた。
ガリッ...
それは、一瞬の事だった。
「〜〜〜っ!?」
アンは頬に痛みが走った。引っ掛かれるというよりも、長い尖った爪で肉を抉られた痛みだった。
頬を押さえると、プロテクションの魔法がかけられているからか、実際の傷がついているわけではなかった。だが、痛みは酷いため、かなりの深傷にするつもりで爪を立ててきたのだろうと想像はついた。
だが、その状況に顔面蒼白になったのは、
アンと...
ウィルだった。
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