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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
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076.磨かれた美しさ



アンとテディを乗せた馬車が、白亜の本屋の前で止まる。




2人が馭者に礼を言って降りると、店に何か...違和感があった。




元々真っ白な美しい外観だったが、ますます白く美しく磨きがかかっているような気がした。横にいるテディの訝しげな表情を見たところ、決して気のせいではないだろう。


それはまだ良かった。



甚だ疑問なのは"全身ずぶ濡れのセトが店の目の前で、団服の上着を絞っている事"だった。



上の服は一旦全て脱いで絞らなくてはならないレベルに濡れている。ズボンからはヒタヒタと水が滴り、セトの真下には水溜りができていた。


セトはクロエが貸してくれたであろうタオルを右肩にかけていた。


美しく鍛え上げられた肉体、くすんだプラチナの髪に水が滴る様子に、ちょうど白亜の本屋の前を通った女性達がハッと息を呑む。


淑女として見つめる事はできないものの、チラチラとその肉体美を目に焼き付けているのが分かる。目を覆っているように見せつつも、指の隙間から覗いている者もいる。あるいは、目深に帽子を被りしっかりと恩恵に預かっている者もいた。


セトが濡れた髪をかきあげ、整った男性らしい顔立ちに水が滴る。すると、あまりの眼福に小さな悲鳴が通りから聞こえた。アンは水も滴る...という前世の言葉を思い出す。



「ちがっ...!怪しいヤツじゃないんで!水被っただけっすから!」



セトが慌てて近くを通る婦人たちに弁明をするが、その頬が赤く染まる様子に女性達の盛り上がりもピークであった。


強さでは国内のみならず、他国を含めても圧倒的な王国騎士団の肉体美をタダで拝めるのだ。その後数日、街の女性達の間ではセトの肉体美に関する噂で持ちきりになったのは言うまでもない。




ところで。


徹底的に巨大な外壁を美しく磨き上げてしまった犯人は十中八九想像がついた。


店内を覗けば、天井には虹が出たり消えたりしている。これを目的に訪れるお客様も増えそうなのはありがたいのだが。こんな事ができるのは、水の精霊以外の何者でもない。


そして、今このタイミングでそんな事をしそうなのもチャプしか思い当たらない。


そこに予想通り、アン達の帰りに気付いたウィルが複雑な表情をしながら外に出て来た。


「ウィルさん!!お疲れ様です!


ががが外壁がとても美しくなっていますね!!その...念のため聞きますが、業者さんでしょうか?それとも...水魔法でしょうか?」

アンはウィルに対して白タヌキを盾にしながら尋ねてみた。


アンの質問に対し、食い気味にウィルの声が重なった。

「水魔法に決まっているだろうが!!ありがてぇけどな!こういうのは事前に言ってもらわねえと、客に水がかかったらどうすんだ!ありがてぇけど!」


やはりウィルは怒ったり感謝したりで複雑な様子だ。怒っているのに語尾にありがてぇけど、がついている。


「ちなみに水魔法がかかったのは、たった数分前だ。ちょうど外でお前を待ってたセトが被害者だ。」



「チャプが〜お客さんには水が〜」

「かからないように風魔法使ってって〜」

「セトはお客さんじゃなかった〜」



精霊達がちゃんとお客さんに対してはフォローしたと抗議してくる。


どうやらチャプがノワールを助けてくれたアンやテディへの感謝を込めてやってくれた事らしい。精霊達曰く、魔法を解除しないかぎり半永久的に美しさは保たれるそうだ。


アンはきちんとフウ達がお客さんを守ってくれていた事には安堵した。だが、伝令役か何かで来たセトは"お客さん"枠から外れていたために事故が起きたのだろう。


「ええと...ウィルさん、大まかには水の精霊様のご厚意のようです。なんだか申し訳ありませんでした...。ひとまずセトさんの方何とかさせてください...。」


「そうしてやれ。テディのランドリーで乾かすにも、替えが無い中で下は脱げねえからな。」

ウィルはニヤニヤと笑うと、セトの肩をバシバシと叩いて一度本屋に戻って行った。


アンはウィルにペコッと頭を下げると、白タヌキを店内に放り、セトを店のバックヤードに引っ張り込んだ。




...



「ま、魔法使い殿...?」

アンにグイグイと手を引かれたまま、セトは店のバックヤードに繋がる扉の向こうへと案内された。屈強な男達との組手を日々しているからか、アンの細く柔らかな手の感触は心臓に悪い。守ろうとして、逆に折れてしまいそうな細さだ。


アンは扉を閉めるとコソコソとセトへ忠告する。

()()使()()と呼ばないでください!お客さんにバレちゃいます!」


まだ魔法使いである事は城下では知られていない。平穏な生活のためにも、広く知られるわけにはいかない。



アンがセトを連れ込んだバックヤードは、それほど広くはない。ましてや、アンが目的とする周りに物が無いところだと、1メートル四方程の奥まった部分しか無かった。



そこにアンはセトをその1番奥に押し込めた。



「ええと...アン、さん...??」

先程から精霊達に事情を聞きつつ会話をしているアンは、セトの疑問の声に耳を貸す余裕はなかった。




「まずはズボンから、ですね。」




ここは灯りが届かず狭くて暗い。


その場所で、セトにはアンが何をしているのかがほとんど見えない。視覚がほぼ意味をなさない分、アンの息遣いや香りがどうしても気になってしまう。


思わず後ろに一歩下がったが、既に後ろは壁である。トンッと靴の踵がぶつかった。



今のところ、"上裸のイケメン騎士が美女によって暗がりに連れ込まれた図"でしかない。アンがそれを()()()()()()のだとしたら...



セトはそこまで考えたところで、これ以上変な事を考えないようにと口を押さえて、心臓のドキドキを堪えていた。


突然風が靡き、ふわっとアンの髪が自分の胸を撫ぜたのを感じた。アンの花のような茶葉のような芳しい髪の香りにますます意識を持っていかれた。








「これは、まずいですって...。」

セトがそう呟きかけた時だった。







突風かと思うような温風が自身を包み込んだ。


周りに物が少ない場所を選んだが、棚がガタガタと音をたて、遠くにあった本がパラパラとめくれる音がした。






それが終わると、アンの上にたなびいていた髪がまた重力に従って戻っていった。その際に再び自身の顔と胸を髪がスッ...と撫ぜるものだから非常に心臓に悪い。


アンが何をしてくれたかはすぐに察しがついたが、結婚適齢期の男性にとっては本当に本当に心臓に悪い出来事だった。





セトが息をするのを思い出したように、「ブハッ!」と息を吐き出した。





「ご、ごめんなさい!!!大丈夫ですか!?」


アンがその様子に、風魔法の加減を誤ったと思い急ぎセトの安否を確認しようと急にセトの頬に手を触れた。



「お顔が...見えないです...


顔色が分からないのですが、あれ!?セトさん熱がありませんか!?身体が熱い気がします!ほら!!!」


アンが顔色を確認しようと、その美しい顔をギリギリまで近付けてきた。それだけでもう、免疫のないセトは身体中の火照りを抑える事ができなかった。


心臓がバクバクと脈打つ音が自分でも分かる。


「水をかぶったせいで熱が出たとか...!?ごめんなさい、上着も急いで乾かします!!!」


そう言うと、アンは魔法で上着も全て乾かした。



何も言えずに固まっているセトをアンは明るい方まで腕を引いて移動させた。


「上着も乾かしましたので、どうぞ着てください。」

アンは心配そうにセトの顔を覗き込みながら、上着を渡す。


「ありがとうございます...。」

セトは自分を落ち着かせようと、後ろを向いて上着を着始めた。




あと2つボタンを止めれば...というところで後ろから、セトの髪にサラリと何かが触れる感覚があって振り返った。



「あ...勝手にごめんなさい、風魔法で乾かしたので髪を整えようと...お節介でしたね。」


アンは恥ずかしそうに、後手に櫛を隠す。



その様子にセトは、

(女性はいつでも櫛を持ち歩いているものなのだろうか...?いや、それより今のは恥ずかしいのか?先程までのは平気なのか?女性とは何なんだ!?)


と、迷宮に嵌ったのだった。

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