074.生地引
「僕...とても混乱しているけれど...
そこにいらっしゃるのが水の精霊様で、僕の守護精霊になりたくて、死なないようにアンさん達に何かお願いしてくださった
と、聞こえもすれば薄っすら見えてすらいるんだけど、そんなはずないよね...?」
ノワールはギギギっと音がするのではないかという調子でアンの方に首を向けた。
アンは何か思いついたように、ノワールに尋ねる。
「...あなた誕生日はいつ?」
「へ?あ、明日ですけど...。」
アンはなるほど、と笑った。ノワールの今の年齢は17歳、明日で18歳だ。魔法が使える逸材ならば、今日から見えるというのも納得だ。まるで、アンの経験と同じではないか。
チャプは混乱するノワールに構わず、彼のまわりに沢山の虹をかけた。それはあまりに美しく、一瞬の事だった。
「これで僕は君の守護精霊だ。君を守るプロテクションの魔法をかけたよ。僕の愛しい子を傷付ける者など僕が許さないよ?よろしくね!」
ノワールは
「え!?え!?」
と、驚いてチャプを口をパクパクとさせるしか出来ない。
「アン悪いね、もう白虎達とも相談してくれたみたいだけど治療の件、よろしく頼むよ。僕からも沢山お礼をするからさ!」
チャプがアンにお願いした。
「それは、もちろん初めからそのつもりだから問題ないわ。こちらこそ、ノワールをよろしくね。」
「あの蟲は〜」
「美味しい魔力を吸うと強くなる〜」
「だからノワールにくっついたのね〜」
風の精霊達はなるほど、うんうんと頷いている。
「あー、なるほど。」
アンは何故魔物がノワールに付いたのか理由が分かって納得していた。これほど人の多い王都でも、最初から守護精霊がつくような魔力の持ち主のノワールしか魔物の眼中には入っていなかったのだから。
「〜〜〜っ!?いや、あの、待ってください!もう少し説明を...!」
ノワールは2人を交互に見ながら、あたふたと黒い髪を乱して説明を求める。
アンはノワールを、落ち着かせるように魔法や精霊について、ゆっくりと説明をはじめた。
自身が誕生日の前日、祖母に聞いたことと同じ話を。
「あのね、私もおばあちゃんから18歳の誕生日の前日に聞いた話なの。」
「18歳の...前日...。僕にとっての、今日。」
「そう。この国では魔法が存在するけど、何百年か前までは何万人もいたらしいわ。でも戦争に精霊様の力を利用しはじめた愚か者たちが出た。それから精霊様達は私たち人間に精霊の力を貸すことをやめたそうなの。」
「だって人殺しの手伝いなんてうんざりじゃない。僕、人に手を貸すのやーめた!って言ったら他の精霊達も、そうしちゃおうってなったの。愛しい子にだけは手を貸すけどね!精霊を忘れられて、蔑ろにされたくもないし。」
チャプがあっさり歴史を紐解く。
「だから、精霊様達の認める正しい使い方だけを愚直にできる、多くを望まないような人間にだけ魔法が使えることとなった。ってことなのね。」
アンはこの件の張本人、生き字引であるチャプに確認するように続ける。
「ええと、それで魔法が使えるようになるのは18歳の誕生日前日からになったらしいわ。魔法の使える子どもが戦争に駆り出されるのを見て...チャプが怒ったということなのかしら?」
「その通り!僕の逆鱗に触れて、魔法が使えなくなった間抜けな上層部の顔ったら笑えたよ。まるで丸腰で戦場に出てしまったような恐怖の顔!まぁ、関係ない子ども達にはかわいそうな事しちゃったと思ってるけどさ...。」
チャプが腹立たしくも寂しそうな表情をするので、チャプの周りでは積乱雲ができ、雷鳴を轟かせながら雨を降らせた。
「チャプ、床濡れる〜」
「感情がダダ漏れなの〜」
「顔にも出てるのにね〜」
風の精霊達に厳しいツッコミを受けると、チャプは慌てて雨を止め、ただの羊雲になった。
「私の家系はおじいちゃんとおばあちゃんが魔法使いなの。ポートマンっていう茶器や紅茶を扱う家なの。2人も結構魔力量はあるみたいだけど、精霊様の御姿は見えないんだって。私は更に魔力量が多いらしくて、見えているんだけど...。」
「僕にも透けてはいるけど、概ね姿が見えるよ。ちなみに魔法はどうやって使うものなの?誰かに習った?」
「精霊様達のお力を借りて、自分の魔力と混ぜて魔法を使うの。私もおばあちゃんに一度見せてもらったけど、後は自己流で直接フウ・プウ・ブウの3人...私の守護精霊に教えてもらったりしてる。」
「自己流って...呪文とかは?」
「あー...おばあちゃんに最初聞いたような...たしか『風の精霊よ、多くを望まぬ我が魔力を糧に』だったわ。私の場合、あまり使わずに精霊達と会話して設計内容を伝えて、よろしくね!って感じだけど...
呪文がいるならノワールの場合は、『水の精霊よ』かしら?」
ノワールは引き攣った顔で、「ざっくりかよ!」とツッコミを入れたかった。
「ふむ。まあアンの場合は特殊だね。声が聞こえるほどに精霊達と波長があって、姿が見えてコミュニケーションもスムーズだ。だから、呪文なんて形を取る必要はないよ。それにフウ達は人間の言葉も分かるレベルの最高位精霊なのだから。
僕の場合も同じで、呪文は無くていい。僕、なんと言ってもせっかちだからさ!手っ取り早くいこう!」
チャプは自分で言っておきながら、おおらかに笑った。
どうやら、魔法を使う為の認識合わせのために呪文があるだけのようだ。白虎でも人間の言葉を話すのはさっきはじめて聞いて、あのたどたどしさなのだから下位精霊では魔法の言葉なしではまず無理だろう。
「ちなみに、アンやポートマン夫妻、ヘンリーほどに精霊とコミュニケーションが取れる魔法使いでなければ、簡単な魔法しかできないよ。何をしたいのかよく分からないから、供給された魔力量や示された方向に応じて風や水、火の加減をしてあげるくらいだ。」
チャプはせっかちな分、相手の知りたい事を先読みして沢山教えてくれるようだ。
フウ達にも見習ってもらいたい。...可愛いからいいか。と、アンは声に出さずに考えた。
「ちなみに水の精霊様...僕も魔法を使わせてもらえるんでしょうか?」
ノワールは期待半分、不安半分に尋ねる。
「もちろんさ。君の美しい心が保たれている限り、僕は愛しい君のために力を分けてあげるよ。君の魔力量はアンほどじゃないけど、この国に雨を降らす事もできれば、建物を水で押し流す事くらいまでならできるよ。」
予想外の規模感に、ノワールは己の手をジッと見て考え込んだ。