069.咆哮
...
アンはノワールからの2回目のデザインが納品される予定の日、白タヌキも連れて直接受け取りに行く事にした。
テディも服の絵柄を直接話すために、今回もついて来てくれる事になった。
「ぶにゃあ〜〜〜...。」
馬車に揺られながら、白タヌキは大欠伸をした。風魔法で馬車の揺れを緩和してもらっているアンの膝の上にいるので、快適すぎるのかもしれない。
「白タヌキ、少しほっそりしたね。」
テディがニコニコしながら手を伸ばし、白タヌキを撫でる。
「そうね、偉いわ白タヌちゃん。」
アンもパチパチと小さく拍手を送る。
白タヌキは得意気に立ち上がって、スラリと見える角度でポージングを決める。
その度に、テディとアンは拍手を送ってくれるので満足気だ。
(( まだまだ丸いけど...。))
あまりにも得意気なので、そんな心の声はアンもテディも、秘めておく事にした。
「ところでアン。こないだ治癒魔法の紅茶はノワールに飲ませてあるんだよね?」
テディは眉を顰めてアンに尋ねる。
「うん。だけど...恐らくノワールから足に関しては何もメッセージもないからきっと効かなかったんだと思うの。今日行ってみても、ノワールの足に変化が無ければ治癒魔法が効かない事は確定的ね。」
と、アンは暗い顔で返事をした。
...
馬車に揺られ、ようやくノワールの家の前に到着した。すぐに妹のノラが出て来てくれ、ノワールの代わりに2人を家の中に案内してくれた。家の奥からは、何かガタガタと言い合う声や音がする。
「〜〜〜っ離せって!!!兄ちゃん!!分かった!分かったよ!分かってるから離せって!!!」
「ちゃんっと謝ってお礼も言うんだぞ!それまでは離さないからな!いい加減な謝り方したら、兄ちゃん許さないからな!」
そんなやり取りをした兄弟が奥から出てきた。ノワールは片手で杖をつき、片手で弟の首根っこを捕まえている。やはり足は治らなかったのだなと、アンは眉を下げる。
そしてノワールが挨拶をする。
「アンさん、テディさん、こんにちは、今回の絵を納品させて頂く前に恐縮ですが、まずは前回のクッキーの件を弟からも謝罪をさせて頂けないでしょうか。」
目線はアン達に向けながら笑顔は保ちつつも、ノワールはボゴッという痛々しい音を立てながら弟の頭に拳骨を落とした。
「痛えッ!!!くそ〜。
...お、弟のノエルです...。
こ、この間は盗んだりしてごめんなさい...。腹...いっぱいになってから、すごく反省しました。二度とあんな事しません。」
ノワールに憎まれ口を叩きつつも、ノエルがかなり反省しているのは伝わる。拳をギュッと握りしめて、それはそれは深々と頭を下げた。
アンはその様子を見て、下を向いたままのノエルの頬をそっと両手で包むと上を向くように促した。そして、ノエルの頭を撫でてニッコリと微笑んだ。
「辛かったわね。だからといって、許される事ではないけれど、それを忘れないで。教訓になさい。」
アンはそっとノエルを抱きしめ、ノエルは恥ずかしさを堪えるように少し口を尖らせた。
そして、思いもよらない言葉を放つ。
「ねえちゃんって...すっげぇ優しいんだな。俺、こんな優しい人から盗むなんて、ほんと最低だった!他のやつらも助けられるような大人になる!んで、ねえちゃんと結婚する!近所のやつらと違って、すげぇ綺麗だし!!!」
いい子だがあまりに素直すぎる発言に、アンはポカンとした後、笑って誤魔化すしかできなかった。はじめてプロポーズをされてしまった。
ノワールもこれには止めていいのか、怒っていいのか悩んであたふたしていた。テディはテディで、またもアンのファンが増えたなぁと微笑ましく眺めるのであった。1番冷静に、男って馬鹿ねとでも言いたげに見ていたのは妹のノラであった。
アンがこの状況はどうしようかしら...と、悩み出した時だった。
和やかな雰囲気は一転した。
突然、獰猛な咆哮が...初めて耳にする悍ましい音が
部屋中にビリビリと響き渡る。
「グォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
全員が突然の事に肩を震わせ、飛び退いた。
フーッと獣の大きな大きな息遣いが聞こえる。
普段は落ち着いているテディも、子ども達を抱えるアンの前に盾になって立ちはだかろうとするが、足がカタカタと震えた。情けないと思う余裕もないほどに、目の前の獣の大きさは圧倒的だった。
目の前にはグルゥウウウウと喉を鳴らして威嚇する真っ白な見た事もない巨大な虎がいた。
そして、恐怖で身体が全く言うことを聞かないテディをつま先でチョンと横にどけた。前足をあげただけで死を覚悟したテディは、それだけでもバランスを崩し、ドタっという音を立てて床に転がった。
アンは虎の方を向く事もなく必死に子ども達を抱き抱え覆い被さっていた。が、巨大な力の前にアンはなす術もなくノワールだけが虎に引き摺り出された。ノワールは床に倒され腹を前足で押さえつけられた。
「兄ちゃん!!!」と、弟が叫ぶが涙が出るだけで身体が震えて全く動かない。
アンは必死に精霊達を探し、助けを求めようとするが精霊達は特に気にした様子もなく、ジッと観察しているだけだった。
ノワールは虎の鼻先で今にもその鋭い牙が、自身の肌に、肉に、内臓に至るまで刺さり抉られるのだと感じていた。そんな時にも弟妹と、仕事に出ている父母の事だけが気掛かりだった。自分が死んだらまた、先が真っ暗な生活に戻ってしまうーーー、と。
そして目を瞑り、最後の瞬間を待った。
次に最も大きな咆哮が発せられると共に、
ノワールは意識を手放した。




