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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
66/139

066.ノワール


...



アンの発案を受けて、白亜の本屋全体が大忙しだった。ジャスパーは複写機をはじめとした大量発注品の製作に忙しく、クロエはイベント用に絵柄付きのクッキーと花をセットで売る準備をしていた。ジョシュアも即日販売をはじめたイラストパンが大好評で目も回る忙しさだった。テディに描いてもらった落書きのような動物の絵を描くだけで、なんでこんな売れんだ?と本人も首を捻っていた。


ただ、最も忙しかったのはウィルだった。連日利害関係の調整に慌ただしく、時折椅子に座ってはグッタリと天を仰いでいた。


アンとテディはより素敵なデザインを描ける絵師となる人材を探しに、下級層の街に降りていた。治安は悪いが、精霊達がついているので安心だ。テディも多少護身術は嗜んでいるとの事だった。


2人は街の中心部に着くと、絵に自信のある者を年齢問わず集めた。下級層では考えられないくらいに良い待遇で働けるとあって、大人から子どもまで数十人が集まった。


だが、数時間経っても結局求めるデザイン力のある者は見つからなかった。小さな子供たちはあまりにもしょんぼりと肩を落としてしまったため、あえて子供たちのイラストをコラージュしたクッキーや服を作れば良いとした。雇う事はできないが、イラストを一つずつ紙に描いてもらい、アンが持っていたクッキーと交換していった。


(素敵な絵師が見つかれば、コラージュしてもらい作品にしてもらおう。)

アンは子供たちから絵を笑顔で受け取り、頭を撫でクッキーを配った。


しかし、最後に残った5枚のクッキーは袋ごと10歳位の少年に奪われてしまった。クッキー自体は好きに食べてもらって構わないが、周りにいた数人の子ども達がズルいと大泣きしてしまったため追いかけることにした。


(言ってくれればあげたのに...)

と、アンはため息をつきつつ少年を追って3つ目の角を曲がる。すると少し年上の男の子が真っ赤な顔で、少年の頭にゴツンッと拳骨を落として叱り飛ばす様子が見えた。



「盗みだなんて...!!!こんの大馬鹿者!!!」


「クッ...!!痛ぇよ!兄ちゃん!!!」

少年は頭を押さえて兄と呼んだ男の子を睨みつける。その後ろにはオロオロと困った様子の小さな女の子もいる。


「なんでこんな馬鹿な真似したんだ!!!兄ちゃんが仕事を見つけるまで待ってろと言ったろ!!」

兄は怒りで手が震えている。


「...っそんな足で見つかるかよ!!兄ちゃんのばぁーか!」

クッキーを奪った少年は、目に涙をいっぱいにして走って逃げて行ってしまった。


代わりに、兄と妹と思われる子が悲しそうな表情でクッキーをそっと持っていた。全員黒髪で顔立ちや雰囲気が似ているので、兄弟で間違いないだろう。



アンとテディはゆっくりと2人に近寄っていく。


「あの...さっきの子...。」

アンは何となく事情を察し、怯えさせないようにゆっくりゆっくりと歩み声をかけた。


すると、兄は妹を後ろ手に隠し、走って帰るように促した。だが、妹は決して兄のズボンを掴んだ手を離さず、キッとアン達を睨んだ。


アンが一歩寄れば一歩離れてしまう。


すると、テディが持ち前のフワフワした口調で、柔らかく2人に声をかけた。


「ねえねえ、今絵師を探してるんだけど、得意な人を知らない?知ってるか知らないかだけでも教えて貰えたらお礼にそのクッキーは食べてほしい。」


何にせよクッキーはどうぞ、という意味合いの言葉に兄は驚いて、目を見開く。


妹はまだ警戒心を緩めないが、兄は口を開いてくれた。


「弟が...クッキーを盗んだ事は謝ります。申し訳ありませんでした。手はつけていませんので、お返しします。」


兄はスッと頭を下げ、クッキーの入った袋を両手で差し出した。頭を下げた事で若干バランスを崩したが、妹がそれを必死に支えた。


「...すみません、盗みの罰であれば僕が受けます。弟も妹もまだ小さいんです。ろくにご飯が食べられず、はじめて盗みをしてしまったんです。」


兄は妹の頭を撫でながらも、震える声できちんと伝えようとしてくる。


「...なるほどね。では、ますますお願いを聞いてもらわなければね。」

テディが冷淡な声で呟く。


それに、妹の方が睨むこともできなくなり、ビクッと身体を震わせると兄のズボンに再びしがみついた。


「罰として、僕たちの言うお題の絵を地面に描いてもらってもいいかな?」

テディはパッと明るい笑顔で地面を指差して言った。


アンはその言い方に若干引っかかるものをおぼえながらも、テディの指差した先を目で追うと、

「あっ!」

と声をあげた。


「罰は受けるんだよね?僕たちもうクタクタなんだ。じゃあまずは妹ちゃんの似顔絵を描いてみて。」






ーーーたった半日で素晴らしい人材が見つかった。






足を悪くして働き口が無くなったという17歳の男の子は、ノワールという名だった。働けなくなったのは極最近だったため、前科もなく受け入れるのに人柄も問題なさそうだ。顔色はあまり良くないが、足とは別に空腹からのものということだった。


ノワールにお題に沿った絵を地面に描いてもらったところ、様々なパターンの絵を美しく描き上げるため、その度にテディとアンは大喜びだった。


妹のノラは得意気に兄の絵の素晴らしさを語ってくれた。


働く気があるかと聞くと、即了承してくれた。むしろ懇願されたと言った方がしっくりくる。



「うーん...ノワールには早速お店に来てもらいたいのだけど、さすがに毎日その足で歩いてくるのは不可能だよね。」

テディは腕を組んで、どうしたものかと考えた。


「すみません...。王都の中心部まで普通に歩いても1時間ですから、この足では何時間もかかってしまいます。僕は乗合馬車に乗るお金も持っていません。」


ノワールはおどおどした様子で、テディとアンの顔色を伺う。


「そうね。ちなみに、足はどんな状態なの?」

アンはそっと心の傷に配慮するように、背中を摩りながら聞く。


ノワールがズボンにしがみつくノラをそっと離してズボンを捲ると、右足首から右膝まで黒ずみ、枯れ枝のように硬くなった足があらわれた。


「お見苦しくすみません。原因は、分かりません...。なぜか...なぜか右足が全く動かなくなってしまったんです。凄く信頼できる人だけど....下級層の街医者には力になってやれないと言われました。」


ノワールの震える手に、手を重ねながらアンは背中を摩り続けた。


「辛かったわね...。話してくれてありがとう。」


アンがノワールの目を見てそう言うと、アンのスカートにノラの方の涙が溢れた。ノワールはすみません!と短く言うと自分の服の袖でアンのスカートをゴシッと拭いた。


アンはチラリと精霊達に目をやった。原因はわかる?と口パクで聴くと、


フウがブンブンと顔を横に振る。


「なんか知ってるような知らないような〜」

「白タヌキの領分な気がするの〜」

「凄く珍しい〜たぶん魔物系〜」


アンはコクンと3匹に頷いた。


「アン、どうする?」

と、テディは聞く。ノワールは捨てられた子猫のような絶望的な表情でアンを見上げる。


「ひとまず、馬車で白亜の本屋まで行きましょう。何か分かるかもしれない。」


お留守番している白タヌキに会わせようと考えた。


「ノワール。まず安心して。あなたの足がどうあれ、描いたものを家からでも私たちに送ることができる魔道具があるわ。それでもお仕事をお願いする事はできるもの、早速明日からお願いするわ。」


アンはそう言ってノワールの艶やかな漆黒の髪を撫でた。


「〜〜〜っ!!!ありがとう...ございます...!!」

ノワールはじわじわと涙が溢れる限界で、なんとか必死に泣かないよう堪えていた。


「ノワール!よろしくね。嬉しい時は泣いてもいいと思うよ!」

ふわっとテディはハンカチを差し出しながらニッコリと微笑んだ。


ノワールはそこから、控えめではあったがポタポタと涙を零しては、鼻を啜っていた。ハンカチは断っていたが、テディがランドリー屋だと聞いて、躊躇いながらもようやく使ってくれた。



...



妹はクッキーを持たせて家に帰し、馬車で白亜の本屋に着くと白タヌキはいなかった。食後の散歩に出てしまったらしい。彼もまん丸の体型を悲観してダイエットをはじめたらしい。


「...ノワールごめんね。原因を特定するためのタヌ...うーん、まあとにかく!今は居合わせなくて、また今度連れて行くわね。」


テディとアンはジャスパーに説明し、ノワールとやり取りするための鳥型魔道具を購入させてもらった。


一度に多くの絵をやりとりしたいと話すと、小鳥ではなくその場で孔雀サイズのものを作ってくれた。


「それは...飛んでたらここはともかく、下級層の街が大騒ぎになりそうだなぁ。」

テディがニコニコしつつも、ジャスパーに作り直しを要求した。


そのため、結局は鷲サイズの魔道具を5つ購入する事になった。



アンとテディはそれをノワールに渡すと、急ぎ必要なデザインをいくつか言い渡し、3日以内に飛ばして寄越すように依頼した。料金は、ノワールの家族のことを考慮して前払い制にすることにした。

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