059.運命の行方
祝!約4,000人もの方に見て頂くことができ、感激しています。はじめは3人の方に見て頂けただけでも感謝でしたので、大変嬉しく思います!
「アン...?セト...?」
グレイソンは2人に声をかけた。
が、しどろもどろもいいところだった。
ここに来るまで、アンに会えるという嬉しいサプライズに、グレイソンはいつも以上にキラキラ感が増していたはずだった。
アンのもとへ走って来るまでにすれ違った侍女達が、顔を真っ赤にして目だけで姿を追っていたほどだ。
(明日には白亜の本屋に行こうと思っていたが、わざわざアンが来てくれた...!騎士団のために、との事だったが私を指名してくれた...!)
そんな思いを胸に秘めつつ、グレイソンはそれこそ報告を受けた時点では平静を装っていた。だが、衛兵がグレイソンの部屋から出た途端にニヤニヤを堪えられなくなり、机に突っ伏した。
そして衛兵の足音が遠のいた瞬間に、自身の最高速度で騎士団演習場へと向かった。
それから、そろそろアンが見えるという時になって速度を緩め呼吸を整えた。大人の余裕を見せようと取り繕ったのだ。
だが、
着いてみればアンが顔を赤くしながら騎士と見つめあっているではないか!
しかも見れば相手は第二騎士団の最年少団長のセトである。彼もまた顔を真っ赤にしているし、彼はアンの鞄を持ってあげている。
セトの事は、これまで実の弟のように可愛がってきた。庶民の出の彼は礼儀正しく誠実で、嘘が苦手。どれほど強くなっても日々の鍛錬を欠かさない。微量ながらも魔力のある彼は、魔道具の銃を自在に操る圧倒的なセンスを持っていた。羨ましくないと言ったら嘘になるほどに。
その上グレイソンを慕ってくれる彼が可愛くないわけがなかった。セトは最年少で団長となった際にも、第一に自分に報告をしに来てくれた。
「可愛かったのに...」
グレイソンは下を向き、拳を握り締めた。
考えてみればアンとセトが出会い、お互いに惹かれあうのはしっくりきた。ふたりとも髪の色は殆ど同じで、セトの薄い茶色の瞳は彼の優しい性格を冗長させていた。身長差も恋人同士のように丁度いい。
...と、グレイソンの妄想だけがグルグルと頭を駆け巡った。
「あ!団長さん!」
「グレイソン団長!」
まだ少し顔の赤みがとれていなかった2人だが、グレイソンを見つけて嬉しそうに駆け寄ってきてくれる。
むしろ2人にとってグレイソンは、勘違いによる恥ずかしさを紛らわせてくれる助け舟に見えていた。
「団長さん、お忙しいところアポイントもなく押し掛けてすみませんでした。実は先日のものよりも防御力・回避力向上に優れた紅茶を作ってみたのでお試し頂けないかと思いまして。それが問題なければ、すぐにでも600名分程度ならお渡しできると思うんです。」
アンはセトとの勘違いによる空気感を打ち消すように、元気よく来訪の趣旨を話した。
「先日の紅茶よりも優れている...だと!?」
アンの言葉により、グレイソンの雑念は突風の如く吹き飛ばされた。
「えぇ、先日お越し頂いた際に、お怪我をされていたみたいだったので...。風魔法だけでは、防ぎきれないのだと認識しました。
ですので、次は防御力だけでなく回避力も飛躍的に向上できる素材を調合しました。」
600名分の魔法付与付きの代物、という事しか情報がないセトでも、グレイソンの様子からとんでもない代物を持ってきてくれたのだとはすぐに理解した。
昨今の騎士団の重症者数増加を鑑みれば、喉から手が出るほどに欲しい品だ。
だが、セトは黙って控えていた。
グレイソンが自身の口を片手で覆い、何か考え込んでいる様子だったためだ。
そして、アンが余計なお世話だったかと心配そうな表情になった際、グレイソンは重い口を開いた。
「...アン、まず礼を言わせてほしい。君の心遣いには感謝してもし足りない。
だが...魔法使いに対し不敬かもしれぬが、それを私達が受け取ることで君の運命を変えてしまうならば、そして君がそれを望まないのならば、今の話は聞かなかったことにしよう。」
セトも思い当たることがあったのだろう、眉を顰めた。
それほど貴重な品をくれるというのに、それで多くの騎士が助かるというのに、何を迷うのか。騎士団のためにも、普通ならば奪ってでも手に入れたい国は多いはずだ。普通はそう考える。
「私の、運命...?」
アンはグレイソンの言っている意味が分からないと思いつつも、その苦しそうな表情から、心からアンの身を案じてくれているということは伝わった。
「あぁ。
そもそも君が魔法使い かつ最上位精霊様がついているという事実はいまだ城下には広まっていない。箝口令がしかれ、国の上層部や護衛義務のある騎士団の一部のみが知るところだ。まだ、君と魔法使いの称号が紐付き、城下にまで広まっていないからこそ王都内で一人暮らしをするのも黙認されている。
だが、騎士団にそこまで価値のある代物を渡したことを皮切りに、君は重苦しい枷となる称号を与えられ、四六時中君に護衛が付き、自由は奪われ、状況次第では王宮内に住み魔法使いとして国を背負ってもらうことになるかもしれない。
ただ穏やかに紅茶屋を営みながら暮らす、そんなありふれた幸せが、君の意思に関係なく変えられてしまう可能性の方が...高い。」
グレイソンは苦しそうに、そっと思いとどまることを望むように、だが離し難いようにアンの肩に手を置いた。
「戦時下に騎士団が君の作る品を利用されれば、敵国にも知られることになるだろう...騎士団の力をたった一人で何倍にも跳ね上げてしまう、君という存在をまずは狙ってくる事もあるだろう。
そうなった時、君は幸せだと言えるのか?」
アンは少し長い睫毛を伏せると、少し前世の記憶も交えて考えた。戦争における大きな局面を齎した天才が、幸せな最後を遂げられたか。どのように歴史に名を残したか。
おそらく本人の優しさや、意図に反した最後を遂げている者は多いだろうと思った。裏切り・失脚・破滅・殺戮・亡命、歴史上の様々な悲劇を思い返す。
余程のことがない限り、精霊達に人間は敵わない。最も怖いのは火の精霊だが、それはヘンリーが司っているので安心してもいいだろう。
だがーーーーー
世の中に "絶対" などないのだ。
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