055.ゲイルラビット
「間もなく魔物との遭遇率もより一層高くなる地域です。」
アンでもケントの警戒度が上がっているのが見てとれた。緊迫感が今までより上がった。
ここからは、盾を持つマークが最前に立つ。
ケントとジャスパーもアンとの距離を少し詰めて歩くようになっていた。
「アン〜」
「僕たちいるけど〜」
「ゲイルラビットが近いよ〜」
アンは精霊達に向かって頷いた。
そして、暫くするとアンの目線の先に可愛らしいピンクのうさぎが現れた。鼻をモヒモヒと動かし、とても愛らしい。
それを見たアンが、可愛い!と呟くと同時に、突風が起きた。
「...ぅわっ!!?」
アンは咄嗟に手で顔をガードする姿勢を取り、目を瞑った。フードが風で飛ばされアンの長い綺麗な髪が靡いた。
瞬時にケントがアンの隣に来てフードを被せる。
「シッ!巣に近付いたようだ。フードが飛ばされないようにだけ抑えていてくれ。他のゲイルラビットにも女だとバレれば真っ先に貴女が狙われる。」
ケントの真剣な表情に、アンはフードを目深にかぶってその端を飛ばされないように掴み直した。
突風が過ぎ去った先、アンの後方15m程を見ると、ゲイルラビットがあった。
正確には、ゲイルラビットの首と体が別れたものが落ちていた。
「〜っ!?」
アンが口をパクパクと開けて、ケントを見るとケントの持っている剣に血が付着していた。
ケントは右手で血をピッと払うと、再び片手で構えた。左手ではアンを庇う。
再び突風が起きた。今度は左からだ。
ガゴンッ!!!
と強烈な音がしたと共に、マークがピンクのうさぎを盾で防ぎ、捻り上げた。
先ほどの突風はゲイルラビットの攻撃余波だったようだ。
その間ジャスパーはマークの前に鼠取りのようなものを10個ほど設置し始めた。
「これ、足持っていかれますから間違っても踏まないで下さい。こちらに叩き落とせば無力化されるでしょう。」
そう言ってジャスパーは仕事は終えたとばかりにマークの後ろについた。
マークは突風と共に噛みつこうとしてくるゲイルラビットを盾で防いではそこへ叩き落とした。
鼠取りのような装置の上に叩き落とされたことで、6匹のゲイルラビットが挟まれ無力化されていく。ゲイルラビットは遠くから見た時には20cmくらいかと思ったが、近くで見ると実際にはその倍以上の大きさがありそうだ。
その様子を見たゲイルラビット達は恐れ慄いたのか、突風がどんどんとアン達から離れていった。
気配が消えたのを確認した後、マークが掲げた盾をおろし、アンに確認する。
「とれたのは8匹か。素材として足りるか?」
アンは何も言えずにブンブンと首を縦に振った。自分はゲイルラビットが襲ってくる間、何も見えなかった。
「ゲイルラビットは速すぎてまっすぐにしか突っ込んで来られない。防ぐのは簡単だが、逃げられると捕まえることはまず難しいからなぁ。あの魔道具は捕獲にはもってこいだな。盾と腕っ節だけでは、せいぜい3匹ってところだったな。それに素材が血に濡れないのがいい。」
マークは黙々と魔道具とゲイルラビットを回収するジャスパーを見て満足そうに笑った。
ジャスパーは回収したゲイルラビットをアンの前に積み上げた。
「これだけでもかなりの量だな。持って戻るには2匹くらいにとどめたほうが良さそうだ。」
アンは首を横に振ると、そっと持ってきた布3つ分に全て包むと3匹の精霊達に託した。
「ベランダでいいの〜?」
「飛ばすよ〜」
「先に白タヌキには連絡済み〜」
精霊達は風の下位精霊を呼び、ゲイルラビットを詰めた風呂敷のような布を先にアンの家まで送ってくれた。
「手荷物はこれでなくなったので、問題ありませ...」
アンは3人の方に視線を戻すと、3人がかなり驚いていた。
「え?」
アンはかなりマヌケな声が出た。
「精霊様に直接お願いできるのか...。これ、護衛たった2人で良い格の魔法使い様とは違うんじゃないか?ケントよ...。」
マークは頭を抱えていた。
「ヘンリー殿からは、むしろ精霊様がご執心のようなので軟弱な人間が多い方が、迷惑だと言われましたが...。」
ケントは苦笑いしている。ヘンリーの言葉がようやく腑に落ちたようだ。他国の兵力からすれば圧倒的強さを誇る騎士を"軟弱"と言われた事に少し苛つきもあったのだろう。
ジャスパーはブツブツとポートマン崇拝の祈祷のような言葉を発しているので無視する事にする。
マークはため息をつきつつジャスパーが握りしめていた地図を奪い取ると、メタルタートルの生息地の方向に向かって歩き出した。