048.すり替えと杏仁豆腐
「こんなに美味しくて、こんなに爽やかなフルーツの香りがするならば...天津飯より白身魚の料理の方がよかったですね...。」
アンは少し考慮不足だったなと思った。今まで酒など飲んだこともなかったのだ。料理に合わせるということを考えたことはなかった。
「いや、それはそれだ。テンシンハンは、格別だ!」
グレイソンは残っていた天津飯を全てかきこんだ。アンはその様子を見てふっと微笑んだ。そして、自分の料理もゆっくりと食べ始め、ふと呟いた。
「こうしてみると、まるで夫婦のようですね。酒を開けて、食卓を囲むなんて。ふふっ」
それは、アンにとっては何気なく言った一言だったが、グレイソンにとっては致命傷だった。
アンは何も考えないままに天津飯を頬張っているが、グレイソンの表情と動作は完全に固まった。
(この娘は、今自分が何を言ったかなど深く考えてはいないのだ。喜びも悲しみも見せるまい...)
そう思ったグレイソンではあったが、真っ赤な顔で思い切りニヤけたり悲しそうな表情をしたりで忙しくなったため、白タヌキを捕まえてそのもふもふに顔を埋めた。肩がプルプルと震える。
白タヌキは、同情したのだろう。されるがままになっている。
「アン〜」
「いまのはかわいそう〜」
「思わせぶりは良くないの〜」
3匹の妖精たちもグレイソンに同情したようだ。ヒソヒソ声のため、アンには聞こえていなかった。それどころか、少し体調が良くないのかしら?後で疲労回復の紅茶でも...とグレイソンに対し見当違いな心配をしていた。
グレイソンは、ため息をつくと白タヌキを横に置き、話題を変えることにした。
「...ところで、先ほど言っていたこの酒を寄越した人物についてだが。」
「カドガンさんですか?...あ、今日は杏仁豆腐というデザートもありますがいかがですか?」
「うむ、その変わったデザートもぜひいただこう。......ではなく!カドガンというのは、まさかエディロワ地方のカドガン伯爵ではないだろうな。」
グレイソンはアンのペースに乗せられつつも、聞きたいことを聞こうとした。
「杏仁豆腐は真っ白でぷるぷるした甘いデザートです。はい、伯爵です。」
「それはやはり珍しそうだな。......じゃなくて!デザートと話題が混ざってややこしいぞ!カドガン伯爵がどれほどの力を持った人物か知っているのか!?ただでさえ、気難しく冷徹な人物だ。そう簡単に接触できる人じゃないだろう。」
「はい、どうぞ。杏仁豆腐です。スプーンで召し上がってくださいね。」
「あ、いただきます。ほう、皿を少し動かすとふるふると震えるな。舌触りの良さそうな見た目だ。」
「話題が全てデザートに向いてますがよろしいのですか?」
アンに尋ねられたグレイソンではあったが、デザートに集中してスプーンで横から杏仁豆腐をつついている。騎士団の団長が丸まってスプーンでデザートを突く様は、なんとも可愛らしく思える。
「ほーう。これはまたサッパリとした美味しさ。油もバターも入らないとは。なんと珍しい。」
そういえば、この国にはゼリーや杏仁豆腐、プリンのようなぷるぷるとしたものは無いなとアンは思った。
プリンは祖父母にも大変好評だった。作り置きも可能なため、今度紅茶専門店でも提供してみようと考える。
「これは、テンシンハンという料理のあとにはサッパリして合うな。これもまた食べたい。」
「ええ、簡単ですからレシピをお渡ししますので。メイドの方に作っていただくのはどうでしょうか?」
「む。いいのか...?」
グレイソンは、アンに作ってもらえる特別感といつでも食べられる幸せを天秤にかけていた。そして、ううんと腕を組んで悩んだ後に結論を出した。
「いや!!!ダメだ!ここでしか食べられないから特別な美味しさなのもあるだろう。レシピは門外不出で頼む!」
グレイソンは真剣な顔でアンにお願いした。
「ぷっ。それならば、そうしましょう。」
アンはクスクスと笑いながら了承した。
これにグレイソンも満足したようだった。
「礼を言う。っと...かなりおそくまで居座ってしまいすまない。そろそろ帰るとしよう。」
と、言いつつもグレイソンは紅茶を今日は飲んでいないことに少し名残惜しさは感じていた。だが、これほどにご馳走になってしまったのだ。これ以上図々しいことは口が裂けても言えない。
踵を返すとグレイソンは潔く玄関に向かった。途中ちゃっかり白タヌキをもふもふしてからだが。
そして、グレイソンは玄関で扉に手をかけ振り向いて言った。
「私はいつも貰ってばかりだ。今度は、私の方から君に材料を提供するとしよう。」
「あ!それは違いますよ!むしろこの間のドレス代を団長さんが払ってくださったとお聞きしました!今更ですが、お礼を言わせてください。あんな素晴らしいドレスをいただいて...
今後うちの紅茶は無料、夕食はいつでもご馳走させてもらうくらいしなくちゃいけませんよね!」
アンはこれは譲らないぞ、という必死な顔をしてみせた。年相応の幼さが垣間見えるその仕草に、グレイソンはまた笑顔を綻ばせた。
ふと、アンは思い出したかのようにグレイソンに待つように言うと、キッチンに行き何かを取って戻ってきた。
そして、グレイソンに冷えた瓶を両手で差し出した。
「これは?」
グレイソンは冷えた瓶の中身について大方予想はついていた。だが、まさかこんな土産まで...と浮き足立ったところを見せまいと繕った。
「ふふっ。これは持ち運びができるように作っておいた紅茶です。ただの疲労回復くらいの効果しか付与していませんが、かなりスッキリとした味わいのものです。
瓶はおじいちゃ...ポートマンの新製品です。非常に軽いですがとても丈夫です。落としたくらいでは割れないので、遠征にも使えそうだと思います。」
グレイソンは、アンがただの疲労回復効果だけと言った魔法付与のある紅茶は、確実に一級品だろうと想像がついた。
さらに、瓶自体もポートマンの新製品だというのだから先程の150,000コロンもする酒が霞むようだと思った。こちらの方がよっぽど幻の品である。
紅茶を土産に貰えることに浮き足立った心が、一瞬で凪のようになった。冷静に考えるともはや笑うことも驚くこともできず、真顔になってしまう。
「あ......こ、困りますよね?こんな紅茶なんて荷物になりますよね!すみません...」
アンは瓶を引っ込めようとする。
「あ、ち、違うぞ!あまりの嬉しさに、どう言葉にすればいいかを考えてしまっただけで...。
ただ、本当にこんな高価なものを頂いてしまってもいいのか?」
「もちろんです。ただの紅茶ですから。むしろ瓶は丈夫なので使い勝手がいいかと思います。可能であれば遠征で使って頂いて、感想を教えてもらえると嬉しいです。」
グレイソンは、この頂き物に見合う土産を考え、次の遠征では素材収集に勤しもうと心に決めるのであった。
グレイソンはまたも聞きたいことを聞ききれないままとなった。




