045.世界の色彩
それから、仕事を終えたアンは妖精達から情報を聞き出した。もうすぐメイジーが家にやってくる時間だ。
妖精達の話はゆっくりだ。
そして、長い。
語尾を伸ばす喋り方をどうにかできないかとも思ったが、それも個性なので黙って聞く。
「要するに...カラーロブトカゲは本来真っ白な生き物。けれど、色を盗らないと短命になりがちなので、生まれてからすぐに寄生先を見つけて徐々に成長すると...。
その生き物自身の色を奪って、その後はその生き物が見える色も全て奪い切ると真っ黒に染まって寄生したモノから出てくると。
...かなり迷惑ね!!」
「あとね〜」
「色が無くなるとね〜」
「長くは生きられない〜」
その言葉にアンは、息を飲む。メイジーの、美しくも生気のない顔や手を思い出した。
「どうして...!?」
「それが理由はよく分かってない〜」
「でも、だいたい半年とか1年って聞くね〜」
「短いと数ヶ月なの〜」
「...思ったより危険な生き物なのね。」
「う〜ん、生き物というよりは〜」
「精霊に近しい存在なの〜」
「疎まれる存在ではあるけど〜」
「「「食べると美味しい〜」」」
マジか。とアンは思った。その後精霊達から話を聞くところによると、寄生される動物にとっては天敵であると同時に高級食材のようなモノであるらしい。
カラーロブトカゲの寄生先は、もっぱら爬虫類や鳥類だ。人間よりもっとカラフルな世界で生きているためで、人間には見えない紫外線まで見えるからだそうだ。
そういえば、イヌやネコなどは人間ほど細かい色の識別はできていないというのは聞いたことがあったなあと、アンはボンヤリ思い出す。
生存のために、種ごとに見える色が異なるなんて、なんだか不思議な気もする。そこまで来ると魔法の世界というより生物学的話だなあとアンは苦笑いする。
「それで、治すにはどうやって食べればいいの?」
「丸呑み〜」
「1匹全部〜」
「焼くとダメらしい〜」
「え...このまま食べなきゃなの?」
「すり潰すのは大丈夫なんだって〜」
「加熱はよくないね〜」
「なにかと混ぜるのも危険〜」
「「「大事なのは、混ぜるな危険〜!」」」
3匹は揃って薬品の使用上注意のようなことを言った。
「まぁ、美味しいならすり潰して団子状にすれば抵抗感は減る...かあ。」
「でもね〜すり潰したときに〜」
「器に残って食べきれない部分が出ると〜」
「戻らない色が出るかも〜」
「...。」
やはり生で丸呑みが1番安全だと分かり、アンは微妙な顔をする。
そして、それから5分ほどするとメイジーが家に到着した。
やはり真っ白で神々しいくらい美しい。
「お邪魔します...今日は何から何まですみません、よろしくお願いします。」
メイジーは、やはり昼間より少し正気が失われている気がした。ソファに座ってもらい、早速アンは精霊達に聞いた事を説明した。メイジーは、真剣にただ話を聞いた。
そしてアンは最後に言いにくい対処法を伝えた。
「信じられないと思いますが...食べれば治るそうです。」
メイジーは目を見開いた。
「対処法が、あると言うのですか...!?」
慌ててアンは注意事項を伝える。
「あ、えと、でも、これをそのまま食べなければいけないみたいで...。その...美味しいらしいんですが、見た目が...ねえ。」
メイジーは、なるほどと苦笑いする。だが、すでに決心はついているようだ。
「アンさん、背に腹は変えられません。」
そう言うと、メイジーは瓶からカラーロブトカゲの半分に切り裂かれた死骸を摘み出し、まず半分を口に放り込んだ。実はこのトカゲ、手のひらサイズくらいはある。苦痛だろうと思った。
だが、メイジーは恍惚の表情を浮かべた。
「アンさん、これ...かなりの美味ですー!なんだろう、新鮮な魚?生肉?うーん、それでいてしっとりふっくら、口の中でトロける...クセになりそう!!」
アンは何とも言えない表情で見守るが、メイジーは名残惜しそうに目を瞑りながらもう半分を頬張った。
「...ところで、どれくらいで色は戻るの!?」
アンはコッソリ精霊達に尋ねた。
精霊達3匹は顔を見合わせたところを見ると、どうやら知らないようだ。
「っぷはあ〜、何て美味しいのかしら...。もっと食べたかったです〜。」
メイジーは満足そうに目を開けた。
「何か変わりましたか?」
アンは恐る恐る聞いてみた。
「うーん...今のところは特に...」
メイジーは周りを見渡した。
アンから見ても、メイジーの見た目には変化がない。ひとまず、1時間ほど待ったが変化は現れなかった。
メイジーは、治っても治らなくても原因が分かっただけありがたいと言って帰った。
...
それから3日後、メイジーが白亜の本屋にやってきた。
彼女は変わっていた。
薄茶色の瞳にはキラキラとした輝きが戻っていた。肌の色はとても健康的で、唇はほんのり淡いピンク色になっている。やはり年齢は20代そこそこだったようだ。
3日間かけて徐々に色を取り戻したらしい。
「色鮮やかな世界が楽しいの。全ての色が見えるようになり、生きる楽しさを取り戻した感じ。色がなくなる前よりも、世界がきらめいて見えるわ!」
だが...髪の色だけは真っ白で戻っていない。理由は分からないが、それくらいなら気にもしないと明るく笑って帰って行った。
「...白タヌちゃん〜??」
アンはそろーりそろーりと逃げようとする白タヌキの首ねっこをガッシリと捕まえてた。
「にゃっ!?んにゃにゃあ〜ん?(え!?どうかしたかにゃ?)」
「誤魔化そうとしてもダメよ!カラーロブトカゲ、ちょっとつまみ食いしたんでしょ!!!」
「に、にゃにゃ!(ば、ばれた...)」
アンは、やっぱり...とため息をつく。だが、メイジーの色を取り戻せたのも白タヌキのおかげなので、それ以上は怒れなかった。
生き生きと笑顔で去っていく真っ白な髪の彼女は、今日もとても美しかった。




