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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
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040.クロエの恋


クロエは困っていた。


今まで毎日のように沢山の男達に言い寄られてきたが、クロエにとってそれはそれ程嬉しくもなかった。この国の男達は、全然タイプではなかったのだ。


クロエの出身は隣国だ。この国との国交は正常化されて何十年も経つので、隣国から移住している人間は珍しくない。クロエも幼い頃に両親について移住をしてきたのだ。


クロエは、母から『祖国の男達のように、女性を大切にし、花を贈り、それでいて鍛え上げられた肉体を持つ男でなければ結婚してはならない』と言われていた。だが、この国の男は、女性が慎ましやかに男性を立てることを好む。それが気に食わなかったのだ。


とはいえそれ以前に、クロエは恋愛のことなどさして興味がなかった。花が好きで好きで、フローリストとしての成長こそ自らの幸せだった。



だが、そんなクロエを困らせているのは、ある男との出会いだった。



それは、アンが王宮に招かれた日。何気なく迎えに来た人物の方を見たのだ。



衝撃だった。



自分にとって大事な人が歩いてくると思った。

ピリッとした不思議な感覚があった。



長身。釣り目で、濃い茶色の髪。それに薄い水色の吸い込まれそうな程に美しい瞳。鍛えに鍛え上げた美しい筋肉。


見た目だけでも、はじめてタイプだと思う男性に出会ってしまった。アンを馬車にエスコートする際に、その鍛え上げられた腕を見て思わずハッと息をのみ、自分の口を両手で覆い隠した。


そして、何よりも好きになったのは、その声だった。理屈はよく分からない。好きになった理由が声なんて、あまり聞いたことがない。


でも、仕方ないのだ。馬車に戻る前に、店員たちに向かって「()()()()()()」と言ったその一言で、クロエは完全に落ちた。その時に、ほんの一瞬目があっただけで、心から幸せだと思ってしまったのだ。



それからというもの、クロエは花を触っているのに心ここにあらずという状態が続いていた。



アンが戻ってきた際にもヘンリーをガン見してしまったのだ。顔の火照りも全くおさまらなかったものだから、アンにはバレたのだろう。


"ヘンリー"という国王の側近であることを教えてくれた。




クロエとしても隠すつもりはないのだが、ここまで本気の恋をしてしまうと、どうにも自分のことが自分でよく分からない。




「ヘンリー様...」



と時折呟いてしまう。

テディすら、そのクロエの無意識な呟きと頬を赤く染める様子には気がついていた。




恥ずかしくて、アンに彼のことをもう少し教えてほしいと言うこともできていない。ただただ、1日のため息の回数が増えていく一方だった。



この時、クロエは気付いていなかった。花を触りながらため息をつく、赤毛の美しい妖艶な女性に、何人もの男達が焦ってアピールしていた事を。テラスで紅茶を飲みながら。本屋で本を読むフリをしながら。ストレートに花を買い、そのついでに話しかけながら。


これまで以上にクロエの人気は上がっていた。ため息混じりなことで、より危うさという魅力要素が増えていたのだ。




テディとアンはそんなクロエを微笑ましく見つめていた。


「クロエ...喜ぶといいなあ。もうすぐだね。クロエの妖艶さでオレの店にも客が増えてありがたい限りだけどね。」


「うん。もうすぐね。クロエさん、話しかけられるといいね。」



うふふふふっと2人は可愛らしくハイタッチをする。






そして、花屋に1人の客が来た。











「赤い一輪の花を贈り物用に買いたいのだが。」








心ここにあらずといったクロエに向かって、真っ直ぐに用件だけを言う男に、いつも来るような男達とは違う雰囲気を察してクロエはパッと顔を上げた。


「あ、はい!今日ちょうど赤い...... 」


クロエは完全に硬直した。何を言えばいいかが分からなくなって、口がパクパクとしてしまうだけで声が出なかった。


「赤い...? おい、君、どうしたんだ...」






花屋に客として来たのはヘンリーだった。







「あ!えっと、す、すみません、何でした!?」


「赤い一輪の花を贈りたい。」


ヘンリーの言葉は無駄なく真っ直ぐだった。


「はい!贈り物ですね。あ、ええと、この中から選ばれますか?それともこちらで見繕いましょうか?今日はちょうど赤い美しい花を数多く取り揃えています。」


クロエはヘンリーが誰かに花を買っていく事の悲しさと、話ができていることの嬉しさが混ざり気が気じゃなかった。が、花屋としての役割を果たすべく、ぎこちなく動いていた。


「できれば、貴女が1番良いと思う花を見繕って頂きたい。」


「...かしこまりました。」


クロエは、自分が1番好きな花を、誰に贈るのですか?と聞きたい気持ちをおさえて返事をした。


だが、クロエはプロのフローリストとして妥協などしなかった。邪な思いは全て断ち切り、最も美しい喜ばれるであろう赤い花を選んで綺麗に包んだ。


今朝、この花を仕入れた時に、あまりの美しさに、何故か特別な一本になる気がしていたのだ。まさか客に手渡す時に悲しみの混ざる感情で渡すことになるとは思ってもいなかった。




「こちらでいかがでしょうか?」

クロエは少し悲しげに眉を下げて聞いた。


「あぁ。すまないね。」


ヘンリーはとても満足そうに頷いた。この間と同じ「すまないね。」という声にやはりドキッとした。


そして、ヘンリーは代金を置くとサッと店から出て行ってしまった。





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