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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
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004.紅茶と魔法付与


祖父の作業場で手に入れた茶器は、割れないよう何重にも絡んで荷物に入れた。そして、昼食後は祖母の作業場に向かう。


祖母の作業場は、自宅の真横にある。祖父の作業場より少し狭い空間で紅茶をつくっている。


それは、村1番の美味しい紅茶であり、お土産や贈答品として遠くの街からも高値で買取に訪れる商人が後を絶たない。


アンは、前世でも紅茶が好きだった。いろんな種類の紅茶を試し、中国や台湾のお茶も嗜んでいた。だが、今世で祖母が作る茶葉には、謎の鉱物が入れられていた。ましてや魔物の何かが入ることも度々あった。


(あの、魔物の毒々しい緑色のプルンッとした肝のような何かはいったい...。)

アンは思い出し、ブルッと頭を振って忘れようとした。


しかし、祖母の紅茶は嫌な事があった事も忘れてしまう美味しさなのだ。飲んでいると、恍惚とした表情になってしまう。幼い頃からずっと飲んでいるのに、だ。そして、どんな最低な日でも、最高に幸せな自分のイメージが湧いてくる。


ただ、そんな祖母の紅茶に対しては、昔からやっかみも多かった。いやらしい商人が作り方を盗もうと、近くの街道で怪我をしたフリをしてこの家に数日転がり込み、レシピを盗んだことがあった。完全に祖母と同じやり方で作られたそれは、ずっと安価で卸された。


一時はそのせいで、祖母の高い紅茶は人気が衰えた。アンはそれが許せず、祖母にすぐにでも徹底抗戦をと訴えた。

祖母は何食わぬ顔で、

「もう少しだけ見てらっしゃい。」と

紅茶を飲みながらアンを宥めた。


そして、数週間がたった。結果、商人は祖母の紅茶に惨敗だった。信用をなくした商人は、どこか遠くの街に流れたと聞いた。



(あれ、そういえば同じレシピだったのに、どうして他の人が作るとダメになるんだろ...)

アンはふと思った。と、同時にちょうど作業場に到着した。


「おばあちゃん、入ってもいい?」

アンはヒョコッと作業場に顔を出した。後を追うようにつむじ風が作業場に入ってくる。


「いいわよ。ちょうど良い紅茶が出来上がるところよ。」


家族でも、祖母の作業場には製造の最後の工程では入ることは許されていなかった。繊細な作業だから、とのことだった。


「え、出来上がるところ?だったらこれから最終工程だよね?私、外出てるよ!」

アンは慌てて作業場から出ようとした。


「あ!違うのよ、今日はその工程をアンにも見せるために、来てもらってるんだよ!」


アンはその大きな目を見開いて、驚きの顔で祖母を見た。幼い頃からお願いしていたが、これだけは叶わなかったことだった。仕事のことだから仕方ないと、最早割り切っていたのだ。


「い、いいの...??大切な最終工程なんでしょ?まさか、教えてくれるの...??」


祖母は目を細め、なんだか寂しそうにも見える笑顔になったが、アンの頭を撫でながら頷いた。


「アン、今日からあんたの世界は激変するかもしれない。いいかい、決して傲慢にならず、擦れることなく真っ直ぐな優しいアンのままでいておくれ。」


「うん、おばあちゃん!私おばあちゃんの紅茶の作り方を盗んだ人みたいなことはしないよ!誰にも教えないから、安心してね!」


「いいんだ、アンが紅茶作りを生業とすることだって構わない。紅茶が大事とかそういう話ではな...うぐっ!?」


「おばあちゃん!そこまで私のことを信じてくれてたんだね!おばあちゃん、商人の人に騙された時、とても傷ついていたんでしょう!?」


話の途中でアンはガバッと祖母に抱きついた。そのせいで、祖母からはうぐっという声にならない声が出た。


「アン、なんだか勘違いしてる気がするけど、ひとまず日が暮れる前にやっちまおう。何があっても途中で割り込むんじゃないよ。」


「分かったわ。おばあちゃん。」


抱きついたアンを無理矢理引き離し、祖母は手際良く準備をはじめる。出来上がり直前の茶葉をガラス瓶に入れ、テーブルの真ん中に置いた。


「ここからが、アンにも見せた事がない最終行程だよ。」


祖母はアンの後ろにいたつむじ風に向かって手招きをする。アンはそんな祖母の言動にも、つむじ風の存在にも初めて気が付き、驚いて少し飛び退いた。


つむじ風はアンが飛び退いたことに反応したかのように寂しげにアンのもとへと戻ろうとしたが、祖母の促すような咳払いで、すごすごとテーブルの方へと進んでいく。


そして、祖母は何やらガラス瓶に向かって手をかざし、魔法を唱えた。唱える魔法自体は短かったが、魔法付与全体にかかった時間は3分くらいだっただろうが、アンにとっては10分にも思えた。


祖母の額に汗がにじみ、手が震えることもあったのだ。それほどまでに必死な祖母の形相を見たのは初めてで、アンはそれにも驚きを覚えていた。


つむじ風は、ガラス瓶の中に入り込み、茶葉がワサァッと落ち葉を手で撒き散らしたかのような動きをはじめる。


そう、落ち葉を子供が手ですくって空に放っている時の感じだ。ワサッワサッとガラス瓶の中で落ち葉が地味に攪拌されていく。


(ていうか、「ワサワサァ〜!ソレぇ〜!今日は張り切っちゃうよぉ〜!」みたいな掛け声が瓶から聞こえる気がする...というよりこの子たちは...??)

アンは目を丸くし、ますます首を傾げる。


それが止まると、祖母は感謝の祈りを捧げながら紅茶を取り出し瓶に詰めた。


「ふう〜今日はさすがに私でもこたえたね。」

祖母はそう言いながらハンカチを取り出して汗を拭く。余程疲れたのだろう、椅子に腰掛けた。


「ほら、アン。この紅茶を入れて飲んでごらん。今の出来事については、それから話すよ。」


「...分かった。ひとまず急いで紅茶をいれてくる!」

アンは話聞きたさに、できたばかりの紅茶を持って、急いで作業場の隅にあるキッチンへと走っていく。


「アン、ぼくらにやっと気付いたよ〜」

「首傾げてた〜」

「びっくりしてた〜」

精霊達は祖母にキャッキャと話しかけた。


「うん、気が付いただろうね。」


「僕たちのこと、見てた〜!」

「うれしい〜」

「目があったの〜見てたの〜!」


「...見てた??まさか。おじいさんや私ほどの魔力があったところで、視認するなんて無理さね。つむじ風なら見えるだろうが、精霊様達の御姿が見えてるとでも言うのかい?」


「そう〜」

「アンには見える〜」

「アンには聞こえる〜」

精霊達はまったりした喋り方で、返事をする。



そんなやりとりをしていたところに、アンがティーポットとカップを持ってトタトタと戻ってきた。


「...それで、おばあちゃんどういうことなの?まさかと思うけど...おばあちゃんはこの国の数少ない魔法使いということなの?」


アンはワクワクとした気持ちを抑えきれず、興奮した様子で祖母に前のめりになって聞いた。


そして、祖母はおもむろに頷いた。


「じゃあ、この可愛い子達は...精霊ということ?」


「精霊様、とお呼びしな、アン。」

祖母はそこは厳しく訂正した。


「可愛いって褒められた〜」

「アンなら様いらない〜」

「フウ、プウ、ブウでいい〜」


「そんなわけにいかないだろう!精霊様にそんな態度でいいわけがない!というかまさかあんたたち個別の名前が存在する格の精霊様なのかい!?...勢いであんたたちって言ってしまったよ、精霊様ね...。」


祖母は慌てて精霊達を止めようとする。


「アンならいいの〜僕がフウ〜」

「僕がプウ〜」

「私がブウ〜」


3人は自己紹介に合わせてアンに右手を大きく振る。小さな体で手をブンブンと振っているが、3人ともぴったり同じ動作である。


「か、かわいすぎるわ...!!精霊様ってイメージ通りの可愛い妖精の姿をしていたのね!左からフウ、プウ、ブウなのね!」


アンはあまりの可愛さに抱きしめたい衝動を堪え、ギリギリの近さで3匹を観察していた。


「アン!アンタ...まさか、本当に精霊様達を見ることができるのかい...」


祖母は驚きのあまり、ダンッと机を叩いて立ち上がった。


「え、魔法使いということは、おばあちゃんだって見えてるんでしょう?でも私はどうして急に見えるようになったのかしら。」


アンは、何をそんな当たり前のことをと言わんばかりのトーンだ。


これには祖母も少し難しい顔になる。顎に手を当て、難しい表情のまま椅子に座る。


「...まあ、ひとまず説明は紅茶を飲んでからにしよう。アン、その紅茶の製造の最終工程というのは、さっきも見た通りの魔法付与だ。」


「だから、他の人が同じように作っても真似することなんてできなかったのね...」


アンは真剣な表情でコクコクと頷く。


「そうだ。この国でも魔法使いは、もう10数人しか残っていない。そして、その紅茶には『プロテクション』がかけてある。冷める前にアンに飲んでもらいたい。」


アンは今までとは違い、ドキドキしながら紅茶を口に運んだ。そして紅茶は間違いなく飲んだのだが...


「おばあちゃん...いつもみたいに紅茶を飲んだ時の少し特別な感じがないよ...?なんだかおばあちゃんのじゃない普通の紅茶を飲んだ時の感じ。」


「まさか!!!バカを言うんじゃないよ!おまえに守護精霊を付けるために、あれほどの魔力を注ぎ込んだんだ!さすがに...!?」


と祖母は何か思い当たることがあったのか、視線を下に下げた。そして視線の先の精霊達は当たり前のように答える。


「アンの守護精霊の座は僕たちのもの〜」

「僕らの特権〜」

「風の精霊〜」


祖母はため息をつく。


「えへんと胸を張っているけどね、もしやそもそも精霊様達はアンの守護精霊として自らずっとついてたんじゃないのかい?それなら、魔法付与の紅茶なんて効くわけがないじゃないか...」


「そう〜過剰に魔法がかかっただけ〜」

「同じ魔法は僕らが昔からアンにかけてた〜」

「えらい〜?」


「...こんなに汗かいて疲労する前に言って欲しかったね。ともかく、今後ともアンをよろしくお願いしますよ。」


祖母は困ったように笑っている。


「おばあちゃん...私いろいろ置いてけぼりなんだけど...」


アンは理解が追い付かずに、眉間にシワを寄せながら紅茶を飲んでいた。



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