036.火の精霊と謁見
「そろそろ王宮に着く。続きはまた後にしよう。国王陛下にお会いする際には、私も隣にいる。心配はいらない。」
「分かりました。」
アンは、ひとまず話が一区切りついたことに安堵した。どこまで話してどこから話さないべきか、作戦を立てねば。
「アン〜!」
「この馬車の上にいたから紹介する〜!」
「カゲ〜!仲良し〜!」
精霊達がこんなタイミングで話しかけて来て、アンは何とも言えない表情をする。
「俺は見てたけど、アンからも見えるようになってたんだな〜!もう18か!はじめましてだけど久しぶり!火の最高位精霊、カゲだ。よろしくな。」
アンは、なぜ今このタイミングで?ということと、目の前にヘンリーがいる状況で返事をすべきかを考えた。そして、サラッとカゲが言ってのけた最高位というのが気になった。
が、目の前にいるヘンリーがカゲからアンに目線を移すとニヤニヤとした。
「なるほど...。見えているということは、そういうことですね。」
と、アンはため息と共に納得した声を出した。
ヘンリーは、
「ああ、そうだ。私の守護精霊だ。」
とあっさり答える。
「そういうことだ!ヘンリーとスコットウォルズに行くときに、いつもお転婆なアンタを見てたぜ!」
火の精霊が喋ると少し周りにポッポッと小さな火が灯っては消える。カゲはサラマンダーの形態だ。
「...着いたな。」
ヘンリーがボソッと囁くと同時くらいに馬車が止まる。
アンは色々考えることはあるが、まずは目の前の国王陛下への謁見のことだけを考えることにした。
アンは、ヘンリーのエスコートで馬車から降りる。そして、一度小さな(それでも何十人でも入れる広い)部屋に通され身嗜みを整えられた。下ろしていた髪はスッカリ綺麗に編み上げられた。
そして、ヘンリーについて謁見の間に通された。
アンは広間の真ん中、王の玉座の前で跪いた姿勢で待つ。隣にはヘンリーと風・火の精霊達がいる。それが少しは気持ちを和らげた。
頭を下げているのであまり周りは見えないが、精霊達はこの場でもおかまいなしにチョロチョロしている。追いかけっこをしているようだが、ヘンリーが放っておいているので、アンも放っておく。
そして、シンとした(精霊達の声以外)部屋にコツン...コツ...ンと足音が響く。アンは、誰の足音だろうかと疑問に思うが、
「どうぞ顔を上げて。ポートマン夫妻には世話になっている。楽にしてくれ。」
...そうは言われましても、と思いつつヘンリーが顔を上げたのに続いてアンも顔を上げる。
顔を上げると、ヘンリーと数名しか居なかったのでアンはホッとした。国王は、尊厳のある深いシワの入った顔だった。寛大な、仁徳のある方なのだろうという印象を持った。お伽話のような偉そうな太った王様とは全く異なる。
「陛下、お初にお目にかかります。アンと申します。」
アンはドレスの裾を持ち、即興で教わった背中がつりそうになる綺麗なお辞儀をした。
「ははぁ...なるほどな...。ポートマンから受け取った器と全く同じ美しさだな。その上、風の最高位精霊を携える、か...。これはヤツが自慢したがるのも無理はない。なんだかまたポートマンにしてやられた気分だな。」
王は、してやられたという風にハハッと声を出して笑った。やはり笑った時にできる目元のシワが人の良さを表しているような気がした。
(何かよく分からないうちに話が進んでいるけれど、陛下は精霊が見えるの...!?というか最高位精霊ってどういうこと!?)
アンは笑顔を保ちながらも背中に嫌な汗がスッと流れた。
ヘンリーは顔色一つ変えずに、早く終わらないかなとばかりに欠伸を噛み殺していた。
「久しぶり〜!ジェームズったらおっきくなったね〜!」
「ほんとだ〜!今気付いた〜!」
「私たちよりは最初から大きいけどね〜」
精霊達は、また気の抜ける声でキャイキャイ騒ぎ始める。
「風の精霊様方はお変わりないようで...私は歳をとりましたからな。」
「変わったもん〜」
「アンの守護精霊になった〜」
「久しぶりに王都に住んでる〜」
「なるほど、大きな環境変化ですな。王都での生活にご不便がありましたら、私めにおっしゃってください。」
「「「うん分かった〜」」」
アンは頭が痛くなってきた。国王陛下が敬語を使う、この3匹は何なんだ??
「さて、こんな所にいては気も使うだろう。ともかく、アン。グレイソンを助けてくれてありがとう。引き続き、どうかこの国を頼む。またいつか紹介するが、どうぞ王子のこともよろしく頼む。」
アンは壮大過ぎる頼まれごとに、返事もしきれずただただ膝をつき、頭を下げて誤魔化した。