034.遠征の結末
騎士団の攻撃がはじまり、巣から出ていた数匹の魔物が、騎師団によって音もなく狩られた。
それから巣穴に火炎瓶が投げ込まれる。あちらこちらで爆発が起き、魔物が姿を表す。
「今ので少しでも死んでくれたらと思ったが...そんなに甘くないか。」
グレイソンはため息をつく。
「行くぞ。全軍、討伐開始!」
気合いを入れ直し、グレイソンは号令をかけた。
巣穴から次々と魔物が現れる。火炎瓶による奇襲もあり、最初こそ騎士団が優勢だった。次々と魔物は狩られ、10匹、20匹と死体が積み重なる。
だが、段々と騎士団にも疲労が見え始め、1人の団員が巣穴に連れ込まれた。そこから、状況は悪くなり始めたのであった。
「嫌な予感っ...しか、しないっ...なっ...!」
魔物を切り裂きながら、アルフィがグレイソンに向かって叫ぶ。
「あぁ!...っ!...ッ報告の数の半数は倒したはずだがッ...!巣穴からまだまだ出てきてるな!!!」
グレイソンは後方に流れてきた魔物2匹を容易く狩りながら返事をする。
すると、グレイソンの後ろを守っていた団員が悲鳴をあげた。振り向くと、後ろも既に囲まれていた。
「おいおい...!報告の巣穴の数自体っ...あってたのかよっ....!?」
アルフィは魔物数匹をまとめて蹴飛ばしながら叫ぶ。
「まあ、この手の群れる魔物に関しては、目算が外れることなどいつものことだっ...ろっ!」
グレイソンは、アルフィが蹴飛ばした個体を切り刻みなから返事をする。
騎師団は火炎瓶を全て使い切り、今度は水の魔石を用いて巣穴から全ての魔物を押し出した。
ざっと80はいる。
「おうおう、ここまで増えていたとはなあ。ったく、実数は報告の倍じゃねえか。」
アルフィは舌打ちをしつつ、緊張感を漂わせる。額と首筋には嫌な汗が滲む。
「雷と毒の魔石を使え!アイテムの出し惜しみはするな!少しでも直接戦う数を減らすぞ!陣形は崩すなよ!!」
グレイソンは、他の団員にも指示を出す。魔法使いなど、この国には殆ど存在しない。愚直に剣とわずかなアイテムで戦うしかないのだ。
アイテムを使い、ようやく残り30体程となったが、この時には既に団員達も疲弊しきっていた。
「団長!アイテムはもう残りわずかです!」
最悪の報告しか上がってこないな。と、グレイソンは下唇を噛んだ。いざとなればこの子を見捨てると言ったが、震える幼いこの手をまだまだ見捨ててはならないとだけは強く思っていた。甘さを捨てきれない自分に舌打ちをする。
そして、左から2体同時に攻撃してくるのを、グレイソンは剣で弾き、1匹は仕留めていた。
「キャアアアアア!」
女の子が叫んだ時には、右からも魔物が飛びかかってきていた。
グレイソンは咄嗟に右手の1匹を剣で切り飛ばし、左からの1匹を左腕で受け止めた。
本来、この魔物は受け止めてはいけないのだ。強靭な前歯で腕は簡単に持っていかれる。
グレイソンは、腕一本無くしてでも、まだ子どもに残酷な死を迎えさせることなどできなかった。
「グレイソン!!!」
と真っ青な顔でアルフィが叫ぶのが聞こえる。
ひどく左腕は痛んだが、確認することもなく周りの数匹を仕留める。左腕の感覚はあまりない。だが、あまりないということは少しは残っている。つまり、まだ奇跡的にくっ付いてはいるのだろうとだけ思った。
魔物は10匹ほどまだ残っていたが、敗戦必死なこの状況を察し、残りは逃げていった。
グレイソンは歯を食いしばりながら、状況を確認する。残りの団員達は満身創痍ではあるものの、一命は取り留めているようだ。
「無事なものは手当てに回れ!使い魔を上空に放ち、追尾させろ!お前達自身が深追いはするな!!!」
グレイソンは肩で息をしながら、指示を出し切った。そして、補給隊員の持つポーションでは賄いきれないと理解して自分の馬に括り付けていたポーションの予備を、無事な隊員に投げ渡した。
「お、お兄さん...その腕.....!!?」
子どもは恐怖にカタカタと震えながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。顔にはかなりの返り血が付いている。
「あぁ、問題ない。ひとまずお前の村は大丈夫だろう。」
「違くて...!その左腕...!」
子どもは震える手でグレイソンの左腕を指差した。
近づいて来たアルフィは自身は怪我していないものの顔面蒼白でグレイソンに近づいて来た。
グレイソンはようやく腕を確認する。鎧の左腕部分には完全に穴が空いており、腕が繋がっていたら奇跡だと思える状況だった。
アルフィに女の子を受け取ってもらい、ほとんど感覚のない自分の鎧の左腕部分を外した。騎士としての自分は、ここまでかもしれないと潔く理解しながら。
「・・・!!?」
アルフィは唇を噛み、女の子の目を手で覆い、グレイソンの腕を見ていた。
だが、覆っていた手を離すと脱力して笑い始めた。
「お前...お前!!!
なんだよこれ!マジでギリギリだったってことか!?俺はこの噛まれた穴を見て、腕一本ダメになったかと思ったよ!」
とアルフィは一息に感想を言った。顔面蒼白ではあるが、やっと息をつけた。
「で、でもね...」
アルフィの腕にしがみつきながら女の子は声を発した。
「でも、アタシ...魔物がお兄さんの腕噛み切るところ、見た...。」
と、女の子はまだ青い顔で言う。
「あぁ、俺としても...腕と引き換えにでも命は守らねばと、敢えて引かずに噛ませたつもりだ...。」
グレイソンは自分の目がまだ信じられなかった。腕は引きちぎれても、裂けてすらもいなかった。ただ、外部からかなりの圧力がかかったと分かる内出血があった。前歯自体ではなく、鎧が折れ曲がった部分が刺さった跡だろう。骨が折れていないのが不思議なほどに腫れあがっている。あまり感覚がないのはそのせいだろう。
それでも、たったそれだけなのだ。普通なら絶対に腕はちぎれ、今頃は魔物の腹の中だったはずだ。
何が自分を助けたのかは、すぐに分かった。
昨日アンにもらったあの"紅茶"だ。
あの時彼女が言っていた、「御守りのようなものと思ってください。」という言葉を思い出した。彼女は、一度ならず二度までも自分を救ったのだ。
あの美しい女は、本当は女神なのではないだろうかとグレイソンは真面目に考えた。
気付いたら、800人以上の方々に見て頂いていました。3人の方に読んで頂いた事に大はしゃぎしてから、まだ1週間経っていません...!
沢山ブックマークもして頂いてるので、これからも頑張って更新していきたいです。