033.従者達の争いと遠征
グレイソンは、従者にアンのための紹介状を用意するように言伝をして遠征に出かけた。メイドはその言伝通りに白亜の本屋へ紹介状を届けに行った。その前には従者間で、誰が届けに行くかちょっとした争いが起きていた事はグレイソンは知らない。
「グレイソン殿がご執心の女性がどのような方か、見定めに行きたい!ぜひとも私に行かせてくれ!」
「お前!なんでも白亜の本屋にある紅茶を出している娘だと言うではないか!昨日は大変な混雑で売り切れだったらしい。届けに行くついでに紅茶を飲んでくることができるではないか。私に行かせてくれ!」
「確かに…紅茶屋が開いている時間帯は、我々の勤務時間と重なっているからな。この機会を逃したらいつ行けるか分からない。ぜひとも行ってみたいものです。」
「その女性は見たこともない色の髪・美しい瞳をしているらしいぞ。」
「いや、さらにはそこで使われいる茶器はポートマン製。紅茶の味もポートマンに劣らない品だと言う。」
従者達は紹介状を置いたテーブルを真ん中にして睨み合う。
「くそっ!!!こうなったら…決闘で勝負だ!」
結局、決闘しているところをメイド長に怒られた従者達からは選抜されず、メイドの一人が紹介状を届けに向かったのだった。
…
その頃、グレイソンは馬に乗り遠征の部隊を率いていた。今回は数が多くすばしいっこい魔物相手だ。アンが見れば大型犬サイズのプレーリードッグだと思っただろう。
問題は、人を食べることだ。
グレイソン達は、巣から出てきた1匹を見つけていた。その大きな前歯を使いバリボリと家畜の豚を食べている。小分けにして巣に持ち帰る算段だろう。一旦、そのまま放置して巣まで案内させることにした。
見た目に反し、かなり厄介だった。数十匹単位で群れて、それもダチョウ並みに足が早い。人の足では到底逃げきれない。
その群れが村の近くに移住してきてしまったのだ。近くの村は粗末な家のドアを閉めて、なんとか侵入を防ぐのみだった。家畜の半数が既にやられている。
グレイソンは、途中で村に戻ることが出来なくなった女の子を拾い、その子を抱えながら襲撃の機会を待っていた。
先ほどの魔物は動き出し、豚1匹の半分を持って帰って行った。グレイソンは部隊に合図を出す。先行して2名の偵察隊が走り出す。
20分後、戻ってきた偵察隊から、巣の場所と状況を聞いた。村のかなり近くに巣はできていた。いつ村人達を襲い始めてもおかしくない状況とのことだった。
グレイソンは、
「部隊30名に対し、50を超える、か...。かなりギリギリだな。だが、住民60名の命がかかっている。ポーションや魔石の使用も許可する。犠牲は出すな。奇襲をかけるぞ。」
と、指示を出す。
その言葉に怯えた目をした子どもの頭を、グレイソンはポンポンと撫でながら「大丈夫だ。」とだけ短く言う。
そこに、
「グレイソン、ちょっといいか。」
と、第1騎師団副団長のアルフィが声をかける。
アルフィはグレイソンが抱えていた子どもを一時的に他の団員に預け、話し始めた。
「その子を抱えながら、お前自身も戦うことになったらどうする。お前はその子を庇いながら戦うつもりだろう。
だが、お前とその子では命の重さが違うんだ。分かっているだろう。」
アルフィは非常に真面目だ。見た目は盗賊のようにいかついが、心根はとても優しい騎士だ。それでも子どもを見捨てていけと言うくらいには、現状が厳しいということである。
「そんなことは分かっている...。いざとなれば、この子ではなく、俺自身の命を優先させる。」
グレイソンは、命の重みに違いなど無いと思いたかった。だが、ここは戦いの場でそんな生易しいことが通用するはずがない。
グレイソンなら村人60名と団員30名を救うことができるほどの力を持っている。だが、この女の子は誰一人救うことなどできない。その意味では重みは全く異なるのだ。
「それでも、その子を連れて行くのか?ヤツらは見た目の割に、かなり厄介な敵だぞ。」
「理解している。だが、それでも連れて行く。俺が責任を取り、いざとなれば俺自身でその子を見捨てる。だとしても、俺は騎士なのだ。今の仮説の段階で見捨てることなどしない。」
グレイソンは睨み付けるような目で言い切った。
「...まったく。お前...本気かよ...。
わアーったよ!負けたよ。確かに他のヤツらじゃあの子を抱えたまま守るも戦うもまず無理だ。だが、お前ならばハンデありくらいでなければ、敵の方が可愛そうってもんか。」
アルフィはため息をついた。そして、他の団員からまた女の子を受け取って来ると、グレイソンの前に座らせた。
「この間、レッドドラゴンにお前を持っていかれて、俺は心を鬼にすると決めたんだがなあ...。俺はお前にどうも甘いようだ。」
「そういうお前だからこそ、長年俺なんかの相棒が務まるんじゃないか?」
グレイソンはニヤリとして笑った。
そして...騎師団は震える少女を抱えたまま、攻撃に踏み切った。