031.白タヌキのフゥッ
「どうぞ、召し上がれ。」
グレイソンは、アンといると紅茶やクッキー、そして今回のオムライスのようなものが出てきて話が逸らされている気がする...とは思っていた。
だがしかし、それに気付いていようが抵抗できない。
目の前にあるフワフワの黄色と赤のコントラスト、そしてバターの香りは騎士として身につけた防御力は一切通用しないのだ。
グレイソンは、考え事を一旦全て捨て去るとオムライスを頬張った。鼻にバターと卵の濃厚な香りが抜けていく。ケチャップの酸味とのバランスが素晴らしい。あまりにふわふわ、あまりにトロトロ。
「これも魔法!?」
グレイソンは一瞬手を止めて、アンを見た。
「ぶはっ!いくら卵がフワフワでも、風魔法なんて使わなくても料理はできますよ。」
グレイソンが子どもみたいなことを言うので、めずらしくアンが吹き出した。
「おばかさん〜」
「アホの子がいる〜」
「かわいそうな子がいる〜」
グレイソンには聞こえないものの、精霊達からのグレイソンへの評価が著しく下がった。
「...じ、冗談だッ!!」
グレイソンは恥ずかしそうにしつつも、モグモグと頬張る。あっという間になくなってしまったオムライスが乗っていた皿を残念そうに見ている。
「もう少し食べますか?」
アンが自分の分のオムライスを差し出そうとすると、さすがに年下の女性の食べ物を取り返すなど騎士としてできぬと断った。
「あ、じゃあこれはいかがですか?」
アンはアップルパイを出して見せた。
「...なんだか餌付けされている気がするが、ぜひともいただこう。」
グレイソンは悔しそうだった。
「あとは...団長さんが飲みたい紅茶を作ります。紅茶に含めて欲しい要素...例えば今の気分や、最近困っていることや、好きな事など何でもいいので教えてください。」
「本当にオーダーメイドのようなことが可能なのだな...。本来ならば遠慮するところなのだが、明日から遠征なんだ。騎士団長として不安を口にするのは憚られるが...すばしっこい上に群れるタイプの魔物が予想されるから、持久力や洞察力などが不安だ。」
明日からの遠征で誰一人欠けることなく戻ってこれるか、常に神経を使っているのだろう。アンは、少しでも役に立ちたいと思った。
「分かりました。では...ブルームーンやホースラビット、マンダリン系の茶葉を使った紅茶にしましょう。」
「紅茶のことはあまりわからないが、お任せするよ。」
グレイソンはふっとソファの後ろにもたれた。明日の遠征を考えて少し眉間に皺がよる。
アンはオムライスを食べ終えると、木箱からゴソゴソと素材を集めはじめた。それらを目分量で混ぜていく。
アンは途中、何か悩ましげに腕を組んで考えていた。そして、1番近くにいたフウを呼ぶと相談しながら魔法付与をはじめた。
グレイソンには精霊の姿は見えないので、アンがブツブツと独り言を言っているように見える。
そして、最後にアンは白タヌキを捕まえると、体を持ち上げ茶葉の上に持ってきた。その光景に、グレイソンは毛玉でも吐かせるつもりではと思ったが、そうではなかった。
白タヌキは、フゥッと何やら息を吹きかけた。そして、見返りにオヤツをもらって去って行った。
アンは満足そうに紅茶をいれはじめた。蒸らしている間に、アップルパイを冷蔵庫から取り出し切り分けていく。
「どうぞ召し上がって下さい。」
アンはアップルパイと、蒸らし終わった紅茶をグレイソンに出した。
「ありがとう、いただくよ。」
グレイソンは、嬉しそうに鮮やかなオレンジ色の紅茶を飲み干した。活力が湧いてくるような気がした。
「でも、さっきのあの白い猫?タヌキ?はいったいなんの役割があったんだ?」
グレイソンはもっともな質問をした。
「あぁ、あの白タヌちゃんは白虎なんだそうです。なので、攻撃・防御を少々手助けしてほしいとお願いしました。あくまで数日間の補助的なものなので、役に立てる必要もなければいいのですが...。御守りのようなものと思ってください。」
グレイソンは、普通に考えると高度すぎる魔法のオンパレードなのでは、と変な汗をかきはじめていた。
しかも本当に白虎だとすると、先ほど自分はもふもふしていたではないか。それに気づいたグレイソンは、思わず一口目のアップルパイを丸呑みしてしまった。