030.あの時の紅茶
アンが料理をする姿を見ながら、グレイソンは紅茶の香りを嗅いだ。そういえば、先程までこの家からは色んな香りがしたのに、今はこの紅茶の香り以外はしない。鼻が慣れるには早すぎると不思議に思ったが、さすがに女性の部屋の香りについて言及するのは憚られた。
実は、アンは家に入って少し経ってから、色んな香りがして気分が悪くなる人もいるかもしれないと気付いた。そこで、慌てて精霊達に頼んで空気の入れ替えと、消臭をお願いしていた。
グレイソンはアンの入れた紅茶の香りにホッとした。
「実家から持ってきた紅茶なので、少し香りが飛んでしまっていたらすみません。でも、ベースはおばあちゃんが作ってくれたものなのでおいしいはずです!」
「これで香りが飛んでいるなど、とんでもない。」
グレイソンはそう言うと、紅茶を口に含んだ。あまりに美味しく、ついつい全部飲んでしまう。おかわりはないかとチラチラとポットの方を確認してしまう。
そこそこお金もあり、これまで美味しいものなど数多く出会ってきていたグレイソンは、自分がおかわりを求めるなど恥ずかしくも思っていた。
「...あれ?」
ふと、グレイソンは間抜けな声を出してしまった。
「どうしましたか?」
アンが振り向く。
グレイソンはおもむろに立ち上がると、部屋にかけてあった鏡を見に行った。自身の顔をジッと覗き込むと寝不足気味のクマがない、さっき来る前に書類で切った指の傷がない。何より疲労感がさっぱり無い。
「アン、この紅茶は先日くれたポーションのようなものなのか!?」
「えぇ!?先日くれたポーションって...そもそも先日も普通の紅茶です。魔物素材も入っているので、疲労回復系の効能は軽くありますが。」
「いや、それにしてはクマもかすり傷も疲労感もなくなるなんて、おかしいだろう。」
そう言われて、アンは慌てて精霊達を見た。白タヌキのヒゲを引っ張って遊んでいる。今は何もしていないようだ。
アンは、ハッとする。王都にくる途中の馬車で、精霊達が手持ちの紅茶に治癒系の魔法を多めにかけていたではないか。それを忘れて、うっかりまたグレイソンに出してしまったのだ。
グレイソンは、アンに近付くと、
「なあ、アン。君は... 魔法使いなんだろう?」
と、とびきりの良い笑顔で聞いた。普通の女子なら、グレイソンと2人きりで笑顔を独り占めという状況に、発狂ものだろう。
アンはこうなったら誤魔化しも効かないだろうと、諦めて白状することにした。アンは、ウィルに「ポートマンの家のことはあまり人に話すべきじゃない」と言われた時に、何か忘れている気がしていた。
これだった。グレイソンにかけてしまった魔法のことをすっかり忘れていたのだ。
アンは、
「正しくは、見習い、です。」
と訂正する。
「なるほど、やはりそうか...。ということはこの紅茶はポートマンの紅茶専門店とも関わりが?」
「それは...うちの祖母です。」
アンは恐る恐る答えた。
「そうか...!やはり、私は何という幸運だったんだ。君と初めて出会った時、レッドドラゴンによる傷で意識も朦朧とするくらい危なかった。上級ポーションなど持ち合わせるわけもないから、持っているか聞くこともなかったが...。
それを救ってくれたのは、君とポートマンさんの魔法だったんだな...。
そうなると、私は君にどうすればお礼ができるんだろうか...。上級ポーションにも勝る品をもらってしまったということだよな...!?ブルードラゴンの本体があればお礼になるだろうか...、クソっそれでも怪しいな!」
グレイソンはブツブツ言いながら部屋をウロウロしている。アンはそこは冷静に糞のほうがいいんだけどなぁ、と思ってしまった。
グレイソンは何か考え事に忙しくなったようなので、マイペースなアンはひとまず腹ごしらえを優先することにした。
たっぷりのバターをフライパンに入れる。そして、野菜とベーコンを炒める。そこにごはん(正しくは前世の米とは少し違うのだが)を入れてパラパラに炒める。
それから、もう一つ別なフライパンに油をサッと敷くとかき混ぜた卵をジュッと流し込む。
フワフワの卵の真ん中に炒めたごはんを乗せ、アンはサッとオムライスを巻き上げた。
「団長さん、ひとまずごはんにしましょう。」
アンはテーブルに乗せたオムライスにケチャップをかけた。
「ん?あぁ、そうだった。オムライスというのは...これかあ。不思議な見た目だな。大きすぎる卵焼きのようだが。」
「ふふっ、まあ似たようなものかもしれません。どうぞスプーンで召し上がって下さい。」
グレイソンは、フワフワの卵とバターの香りにグゥとお腹が鳴った。
連載開始からもうすぐ1週間ですが、すごいPV数になっていて驚きました...!
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