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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
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003.茶器とつむじ風


アンの18歳の誕生日の前日になった。

それは、王都への出発の前日でもある。



その前の日までに、アンは荷造りを殆ど終わらせていた。この日は午前中に祖父の、午後に祖母の作業場を訪れたかったのだ。


祖父はティーカップを作るのが趣味だ。趣味と言っても王宮に納めることもある。とても精巧なつくりではあるが、見た目はシンプルなだけになぜ祖父が王宮への納品までしているのか、アンには不思議でならなかった。


「おじいちゃん、来たよ。4歳の頃からの約束!覚えてる?」



アンは家の敷地内にある祖父の作業場に訪れた。簡素な小屋だが、陽の光が差し込み明るく、暖かい。祖父の性格を表すように、理路整然とカップやソーサー、スプーンなどの作品が美しく並んでいる。


「アン、来てくれたんだな。覚えているとも。18歳の旅立ちの前に、お前に私のつくる茶器の中で好きなものを持っていくといいと、そう言ったことじゃな?」


祖父は笑顔でアンを手招いた。作業中だったのか、腕まくりをした服にも少し泥が付いていた。


「そう!さすがおじいちゃん!」


アンは嬉しくてピョンピョンと少女のようにその場で軽く飛び跳ねながら喜んだ。


アンの美しい髪とスカートが跳ね、作業場全体にフワッと不思議な温かさが広がる。風が巻き上がるだけではない、不思議と喩えようもない素晴らしい香りも巻き上がるのだ。


アン自身は自分自身の匂いと同じ、といったところでそんな事はあまり自覚していない。


「この風、香りも当面は懐かしいものとなってしまうのだな...」


祖父は目を細めて、風を感じていた。


そして、「なあ、精霊様...」とアンには聞こえないようにボソリと呟いた。


返事をしたかのように、祖父の足元でチョロチョロっとつむじ風が踊る。



アンは一生懸命にお気に入りの白磁のティーカップを選ぼうと眉間にシワを寄せていた。どれも素晴らしい出来栄えなのは、素人のアンにも分かる。その中から王都に一緒に連れて行くとびきりの子を探す。


「なんだろう...今日ここの作業場から一生に一度の出会い!みたいなティーカップに出会える気がしてたんだけどなあ〜...。絶対この子!って思うような...。」


その言葉に、祖父は一瞬目を見開いてしまった。ドギマギしながら、アンを見守りはじめる。...マズい。マズいのだ。気付かれたらマズいものたちがある。いろんな意味で。


祖父はそっとアンには存在を知らせていない隠し扉の前を背に、守るように立ち止まった。


アンがカップを眺めながら悩んでいると、チョロチョロとしたつむじ風が、祖父の背中をぐいぐいと押しはじめた。


「むむむ、年寄りにそんな事をされましても...。」と祖父は小さくつむじ風を押さえ込もうと攻防をはじめる。


アンが振り向いた時、つむじ風にえいっと押されて祖父がつんのめりそうになっていた。


「...おじいちゃん?変だよ、どうかした??」


アンは眉を顰めながら、むむむっという表情をしていた。


「あ、いや、なに、その、え、なんだ、お気に入りは決まったか??」


「まだだけど、なにその焦り方...何か隠してるの?」


祖父は慌てて取り繕おうと、「いや、」と言いかけた時、カチリと鍵が開く音がした。アンが音のした方を見ると、壁に隠し扉がわずかに開いているのを見つけた。


「え、なにそれ...」


祖父は自身の心臓がドキッと波打ったのを感じた。慌ててアンと扉の前に手を差し込み、ブロックしようとする。


「アン〜!それはな〜見てもな〜面白くは〜ないんじゃないかのお〜??な!」


アンは祖父の話は頭に入っておらず、祖父の手をサッとくぐりながら前世でのからくり屋敷を思い出していた。


(もしかして、うちってこういう仕掛けもあるのかしら?今世のこの国の雰囲気は前世でのイギリス北部とまさに同じような雰囲気なのに...)

そんな事を考えながら、扉を開けると、目を見張るほどに美しい茶器が5つ並んでいた。


「おじいちゃん、コレって...」


祖父は肩を落とし、観念したように頬をポリポリと掻きながら説明をはじめた。


「(ええい、精霊のやつめ...勝手に仕掛けを開けよって!)それは、王子への献上品の予定のものだ。かなり早く出来上がったのだが、あまりに美しく、完璧にできたもので隠しておいたのだ。」


「いや、それはともかくこの色って...」


と、アンが指差した茶器たちは完全にアンの美しいプラチナの髪と金と青のグラデーションの瞳の色と同じ色味をしたものだった。それも5個。


「...うむ。アンが離れるのがさみしい、それにアンは王子のような誠実イケメンなやつじゃなきゃ絶対に嫁がせん!などと国王とチェスをしながらたわいもない話をしていたんだがな。ちなみにアンの性格は聞いていたが、見目麗しいのか?などと王が聞いてきたんじゃ!それで、ついつい髪と瞳の美しさだけでも、目を見張るほどだと躍起になって説明した。すると、王が得意の茶器で作ってみてはどうだなどと提案するもんで...私は名案だと、カラダを壊してでも作ろうと、それは躍起になった!!そして国王と王子への献上品、そして自分用、観賞用、保存用と5個までは作り出すことに成功した!!!つまり、私のアンコレ(アンコレクション)の最高傑作なのだよ!!!」


祖父は、ドヤァッ...と本気で効果音が聞こえるような態度で早口にまくしたてた。


つむじ風はドン引きしたようで、部屋の隅でクルクルとしている。


「おじいちゃん...??まさか、3ヶ月前に体調崩したのも、それから機嫌良くたまに作業場に引きこもっているのも、まさかコレが原因...??」


「そうじゃ。」

祖父は、もはや何が悪いと言わんばかりに開き直って胸を張っている。


「というより、おじいちゃんて国王様とそんなに近しいの?ていうか、こんなもの国王様と王子様にお渡しするの!?私恥ずかしくて仕方ないんだけど!そして観賞用と保存用ってなに!?」


アンは呆れたようにゲンナリした顔をした。優しい祖父だが、度が過ぎる孫バカ具合には辟易(へきえき)しているところもあるのだ。


「だって...王子のやつもこの美しさを見たら、アンに会いたくなるに決まっておろう?そしたら、自慢の孫がいつかは王妃となり、国民中に自慢することができるかと思って...。」


祖父は背を丸くして恐る恐るアンの顔色を伺ってくる。


アンは呆れ果てつつも、

「恥ずかしすぎるわ!没収!でもなんだか私、これが気に入ったからこれにするわ。結果的には、おじいちゃんありがとう。でも国王様にそんなお話するのは恥ずかしいから駄目ですからね!」

と、5つの茶器が入ったお盆を手に取り、祖父の作業場を後にした。


「でも...おじいちゃん、ありがとう!とっても気に入っちゃった!美しくて素敵ね!」

アンが満面の笑みでカップを抱えて外に出た。


アンの後手に、ドアがパタンと閉まる。


...途端につむじ風からケラケラ、クスクスといくつかの笑い声が聞こえる。


「おのれ...精霊様と言えど、我が愛しの孫への執念舐めるでないぞ。」


祖父はそういうと持っていた杖をサッと隠し扉の方に向けて振った。


すると、扉の奥にもう一枚扉があった。そして、そこには同じカップが5個同じように並んでいたのだ。


「うわ〜!なにそれ〜!」

「ひきょうだ〜!」

「私たちのぶん?」


などつむじ風が小さな妖精の姿をとり、キャイキャイと抗議をはじめた。


「むむっだましてはおらんぞ!目に見えた5個をしっかり説明しただけだからな!これはいくら精霊様といえど、渡さんぞ〜!!徹底抗戦だ!」


と、祖父はファイティングポーズを決めた。そして扉をまたサッと杖を振りしめた。


「アンが、本当に心から信頼する人間とあの茶器でお茶をする日が来るといいのう...」


祖父はそう言いながら作業場を出た。


そして、隠し扉を閉める直前、精霊が保存用茶器を1つかすめとったことに気づいたのはこれから1週間後の王宮への納品日のことだった。



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