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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
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028.団長と噂話


試飲会の午後、グレイソンは内勤だった。溜まった事務処理を終わらせるために、王宮にある団長室に籠もっていた。


しかし、誰がどう見てもソワソワしている。早く時が進まないかと時計をチラチラ見る頻度が高いのだ。


「あ痛ッ!」

グレイソンは急ぎすぎて紙を引っ張り出した時に自分の指を薄く切った。



「グレイソン団長、今日珍しくないですか?半日でも内勤の日は、いつもなら溜まった事務処理がしたくて食事も忘れてるくらいなのに...。しかもドラゴンの襲撃でも痛みで声を上げることもなく、淡々と指示を飛ばしてた人が...。」

周りの者達がヒソヒソ話を始める。


「あぁ、噂によると今日、王都の一等地にある店で、女と茶を飲んでいたらしい。仕事中に団長がそんな事をするはずはないから、何がどうなってそんな噂になったのか分からないんだが。」


「へえ〜!あの美貌と権威で、今まで浮いた噂のひとつもなかったのに!...まあそれの方がよっぽどおかしかったんだが...。」


「俺も聞いた!嘘みたいな美しい瞳の女だったって!」


「それ、私も聞きましたよ!嘘みたいな美しい髪だったって!」


「ふーん。きっと、団長も運命の人と出会ったんだろうな〜」


「そうだなあ、あんなに必死なんだ。きっといい女なんだろう。俺たちはそっと見守ろうぜ!」


団員達がこんな噂をしている最中、当のグレイソンは必死だった。噂の実態は近からず遠からずだった。


アンの紅茶を飲みに行くために、今日は早く仕事を上がりたかった。完全回復をしてもらったお礼だってきちんとできていない。明日からは遠征のため、数日は戻れない。


ゆえに、鬼のような形相で、山のような書類達をやっつけていたのであった。


グレイソン自身は、自分がそんなにも紅茶を飲みに行きたいのは、純粋に美味しかったのもあるが、アンが命の恩人だからだとも思っていた。


だが、他人の方が案外自分の事を分かっている時もある。グレイソンは、無意識にアンのことが気になりはじめている。



...




「18時だ!あがる!今日は絶対あがる!」


グレイソンはそう宣言して、サラリーマンの定時ダッシュのようなことをしてのけた。


そんなグレイソンを、団員達は生温かい目で見送った。



...




グレイソンは騎士団長なのだから、かなり体力がある。それでも息が切れるくらい走った。汗が光るグレイソンが通り過ぎる様子をみて、目を奪われるのは女性だけではなかった。


何時までやっている店なのか、聞いてこなかったことを悔やんだ。むしろ行ったところで、アンの勤務時間は既に終わっているかもしれない。いや、紅茶はとっくに無くなってるのではないだろうか。


それでも何故こんなに走っているのだろうとグレイソン自身も思うのだが、走るのを止められない。


ようやく店に着いた時には、アンが仕事を終えて帰宅するタイミングだった。


「あっ...!団長さん、本当に飲みに来て下さったんですね!」

アンは初日からかなりの数の接客をしたのだろう、少し疲れた感じが見て取れた。


「...っ!ハァ...こんな時間にっ......すまない...っもう閉店時間だったか。」


グレイソンが息を整えながら、子犬のようにしょんぼりとしている様子を見て、アンは大丈夫ですか?と声をかけながら微笑んだ。


「それが...時間としては問題ないんですが、紅茶があいにく切れてしまいました。それと、すみません。実は、あまりの忙しさにクロエさんに渡して頂いた手紙をまだ読めていないんです。」


「あぁ、手紙の件は、どうせなら口頭で補足させてもらうからかまわないよ。王宮からのものだ。しっかりと封蝋がしてあっただろう。」


ふぅっと息を整え、髪をかき上げながらグレイソンは言う。


「王宮!?まさか!どうして私に!?」


アンは何かしたかと焦った顔をした。


「あぁー...話せば長いんだ。うーん、どこから話せばいいか...。」


グレイソンは、パタパタと自分の両手で顔を仰いでいる。走ってきたせいで、今更汗が噴き出てきている。グレイソンは、内心自分が汗くさいのではないかと焦っていた。


一方でアンは、汗をかいてもより一層爽やかって罪深いわね...と思っていた。周囲からは黄色い悲鳴が時折聞こえてくる。


「ともかく、ここではなんです。どうせならうちで紅茶でも飲みながら、お話を聞かせて頂くというのはいかがですか?」


「!!!」

アンは、紅茶というワードに目を輝かせたグレイソンが、ゴハンをもらう前の白タヌキの様子と重なって見えた。


「では、決まりですね。うちはこちらです。」

アンはクスクスと笑いながら先に立って案内をはじめた。


「今日は紅茶の販売を始めた日なんだろう?疲れているようだが、大丈夫か?」

グレイソンは紅茶の誘惑に負けながらも、アンをしっかりと気遣っていた。


「えぇ、疲労回復に良い紅茶もありますから。団長さんもよろしければ飲みませんか?あ、それとも良ければご希望を聞いてから作りますよ!」


アンは今後、オーダーメイドの紅茶を提供したいという思いもあった。


「君はそんなこともできるのか!というか今日午前中に飲んだ紅茶も、まさか君が作ったものなのか?」


グレイソンは目を丸くした。こんなに若い女性が、オリジナルを作れるとは思っていなかったのだ。


「えぇ、もっと作れる幅を広げるために、今はプランターでいくつか材料になる植物を育ててます。


あとは、珍しい魔物の素材もいつかは手に入れたいですね...。」


アンは拳を握りしめ、瞳を輝かせながら言った。グレイソンはその様子にふっと肩の力が抜けて微笑む。


「魔物か...必要な素材を教えてもらえれば、遠征の際に持ち帰ってこよう。騎士団だと、素材は他の魔物が寄ってくる前に、焼いて処分してしまうことも多い。」


「本当ですか!?」

アンは思わずグレイソンの袖を掴む。滅多に女性を近付けたこともなかったので、アンの行動にグレイソンは困惑した。普通ならばそのままいい感じの雰囲気になってもいいところだ。


...だが、アンはそんなグレイソンには構わず、すぐに少し距離を取って男前にガバッと頭を下げた。


「グレイソンさん、一生のお願いです!!!危険はおかしてほしくありませんが、もし...万が一にでもブルードラゴンの糞が手に入ったらお譲り頂けないでしょうか!!!」


「え?ふ、.......糞...?」

グレイソンは呆気にとられて、ポカンとした。


「え、材料としては喉から手が出るほど欲しいんですけど...。」

アンは何か疑問でも?という調子で喋るので、グレイソンは腹を抱えて笑い出した。


「ふっ...ふははははっ!糞って!せっかくドラゴンの素材なのに糞って!あは!あははは!


王都に来る馬車で沢山話した時も変わってると思ったが、やはり君はそういう人でしたね。あははは!


しかも一生のお願いときた!あはははは!」


グレイソンは笑いすぎて涙まで流している。アンはそんなに笑わなくても、とリスのように頬を膨らませていた。



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