027.風のコップ
試飲用の紅茶は午前中には全て無くなっていた。ずいぶん噂になっただろうから、ということで午後の試飲会は中止した。
「いや〜それにしても風のコップとはビックリだぜ。」
ジョシュアがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「前に精霊達が教えてくれたんです。」
と、アンは笑いながら先日の出来事を思い返す。
...
アンは以前、家で一晩中試飲会での紙コップの事を悩んでいた。紙コップなら存在はする。だが、紙自体が貴重なこの王国で、紙のコップは高すぎるのだ。かと言って、外で行う試飲会で、普通のコップを使うわけにもいかない。コップを洗いに行かずに済ませるには...
と、考えていた時。
精霊達に追いかけられた白タヌキが、紅茶を入れたマグカップを蹴飛ばした。アンは慌てて手を出したが、マグカップを掴み損ねた。
...だが、その手のなかには、溢れることなく紅茶がおさまっていた。アンもこれには目を丸くして驚いた。
「アンごめんなさい〜」
「僕ってばナイスキャッチ〜」
「手の形は崩さないでね〜」
精霊達が慌ててアンに駆け寄ってきた。それで、試飲程度ならばコップを使う必要もないということに思い至ったのだ。
...
午前だけで精霊達がクタクタになっていた。
「凄い人数だった〜」
「制御大変だった〜」
「人だかり怖い〜」
と、精霊達が文句を言いながらパン屋のショーケースの上で仰向けに転がっている。
「アン!俺もやってみてもいいか!?」
お調子者のジョシュアは、アンが返事をするより先に水を注ぎ始めた。
「あ!」
アンが止める間もなく、ジョシュアの手とエプロンが水浸しになっていた。
「み、水...で良かったですね。」
アンは布巾を差し出しながら言う。
「おう。」
ジョシュアは水を注いだポーズのまま、納得いかないという顔をして立っていた。
とはいえ、精霊達もお疲れで寝転がっているのだ。悪くない。




