026.紅茶専門店オープン
アンは紅茶専門店としての第一歩を踏み出す。今日は店の前で通りを歩く人達に、試飲してもらうのだ。そして、店に入ってくれた人には実際に販売をはじめる。
アンは前日の夜から緊張しっぱなしだった。うまく眠ることができなかったアンは、アパートで朝ごはんを食べながらため息をついた。
「はぁ......マズいコーヒーの次は、マズい紅茶か!なんて揶揄される夢を見てしまったわ...」
すると、最近アンが忙しくて構ってもらえない白タヌキが積極的に撫でられに来た。アンの膝の上に飛び乗る。
「ぶにゃにゃ。」
「白タヌちゃん、心配してくれてるの?」
白タヌキはツンデレ顔でパタリパタリと尻尾をふる。
「白虎はもう本物のタヌキみたい〜」
「最初はギリギリ猫っぽかったけどね〜」
「アンのごはんを食べすぎて太ったわね〜」
精霊達が白タヌキにちょっかいを出し始めた。
「ガォーって鳴けないの〜?」
「まだまだお子ちゃまだからね〜」
「ガォーッてしてみてよ〜」
精霊達にバカにされたのが腹立たしかったらしく、白タヌキはアンの膝から飛び降りた。そして...
「んぐるぅううにゃごおおおおおおぅぅぅ...!!」
と、毛を逆立たせて、猫同士の喧嘩でよく聞く鳴き声を出した。
「ぷぷぷ〜」
「あはは〜」
「やっぱり白虎なのに猫止まり〜」
なんだか泣きそうな感じの白タヌキを見て、アンは間に入った。
「もう、みんないじめちゃダメよ。ごめんね、私がタヌキなんて言っちゃったから...大丈夫、あなたはとってもかわいい猫ちゃんよ!」
アンは白タヌキの頭を撫でながら、悪気なく言った。だが、それが白タヌキにとってショックだったらしく、指先をカプッと軽く噛むとベランダに出てってしまった。
「あ、アンがいじめた〜」
「アン、白虎怒らせた〜」
「アン、猫じゃないよ〜」
精霊達の言葉に、アンは一瞬固まる。
「あれ?そういえば白虎って...??」
「そこそこ偉い風の精霊〜」
「あの子の家系は虎を象るんだけど〜」
「まだまだお子ちゃまだから下手っぴみたい〜」
「「「おデブになっちゃったしね〜」」」
「しまった…虎のプライドを傷つけちゃったかしら...」
アンは帰ってきたら目一杯かまってあげようと心に決めた。それから、バランスの良い低カロリー食も検討しようと心に決めた。
そして、精霊達の話によると彼ら名付きの精霊達ともなると、カラダは小さくとも上位精霊として強力な力を持つらしい。
アンの目の前でふざけてばかりの3匹をみていると、それがどれほどのものか想像が付かなかった。
アンはふと時計を見ると、出かけるギリギリの時間になっていることに気付く。急いで身支度をして、いつものように帽子をかぶって家を飛び出した。
...
「おはよーさん、昨日は眠れたかい?って、あのよく眠れる紅茶があるんだから、大丈夫か!」
ウィルは荷物を運びながらアンに冗談を飛ばす。
その手があったかと、アンは自分にガッカリしてしゃがみ込む。やはり自分はぼんやりした人間なのだと再認識する。
「なんだ、アン。まさか眠れてないのか?全く...アンは凄いんだか、抜けてるんだか。俺なんてアンの紅茶のおかげで疲れや腰痛が無くなって、昨日はグッスリだぜ!」
ウィルがクックッと笑う。
「あらあ〜私も昨日夜は継続してグッスリ眠れたの。お肌がいい感じ!」
クロエもアンを揶揄う。
アンはぷくっと頬を膨らませた。
その頬を横から人差し指でツンッと突かれ、アンは口から「ぶっ!」という音を出す。
「ぶははっ!若い女子が「ぶっ!」っだってよ!」
横を見るとジョシュアが腹を抱えて笑っていた。だが、犯人はジョシュアじゃない。
「やあ、アン。おはよ。可愛くて、つい触れたくなっちゃったんだ。」
テディの仕業だった。アンに怒られないようにテディは最大級の可愛い仕草でごめんね、と謝ってくる。アンはテディの言葉のチョイスになんだか顔が火照ってくる。
「んも〜!...はあ。いや、皆さんのおかげで緊張は取れました。今日はお客さんに来てもらえるように頑張ります!よろしくお願いします!」
アンはそう言ってサッと腰に白いエプロンを付けた。ポケットにはオーダー表とペンを入れ、髪を括る。常連さんに覚えてもらうために髪は帽子で隠すのをやめている。
「それじゃ、仕込みは昨日終わってるので外に試飲コーナー出します!」
「おぅ、何かあったら俺らを呼べよ!」
ウィルが声をかけてくれる。
アンは張り切って外に出た。
...
アンは試飲コーナーのテーブルと、新しく作った看板を出した。
ジャスパーがその横を、「頑張ってください」とお辞儀をして通って行った。今日は素材収集に行くらしい。
店は王都の一等地にあり、人通りも多い通りに面している。そのため、アンがテーブルを出した段階で、なんだなんだ?とチラチラ見ながら通る人が出てきた。
アンは緊張を抑えるために、深呼吸をする。
自分の心臓の音が早鐘のように聞こえる中、
「どうぞ、美味しい紅茶の試飲はいかがですか?よろしければ、こちらのテラスで召し上がっていただけます!」
と大きな声で宣伝を始めた。
とはいえ、元々はマズいと評判のコーヒーの店であり、アンの変わった見た目も相まって、客も足を止めるか躊躇っている様子だった。
この試飲会、アンには目を引くための秘策があるのだ。ただ、1人止まってくれないと始まらない。
だが、ちょうどよく止まってくれる人がいた。
「試してみてもいいかな?」
「あ!ありがとうございます!」
アンは嬉々として声のする方を振り返った。
「って…団長さん!」
アンは驚いて両手で自分の口を覆った。
「やあ。あの時頂いた紅茶はとても美味しかったが、仕事も紅茶を扱っているんだね。」
そこには騎士服を着たキラッキラの笑顔のグレイソンと、第1騎師団の数名がいた。あと、その更に後ろにグレイソンの追っかけらしき令嬢・ご婦人達がチラホラ見える。
「あ、ありがたいのですが、お仕事中ではないんですか?」
「水分補給をするのは業務内でも問題ないだろう?」ニコニコとグレイソンは返事を返す。まわりの騎師団の人達が、「団長〜!そりゃ屁理屈だ!」と苦笑いをしていた。
それならば...と、アンはアイスフルーツティーのポットを差し出す。
「ん?カップはどこに?」
グレイソンは、キョロキョロとテーブルの上を見た。
待ってましたとばかりに、アンは言った。
「うふふ!カップはありません。手をカップを持つ形にしてください。ここは白亜の本屋ですからね!」
そう言ってアンは、カップを持つ形にしたグレイソンの手に直接紅茶を注ぎ始めた。
「「「...んなっ!?」」」
グレイソン以外の騎士達は、団長への嫌がらせかと身構えた。
「これは驚いたな...」
グレイソンは一本取られたとばかりにハハッと笑った。
グレイソンがいきなり素晴らしい笑顔を見せたために、後ろで追っかけの女性達が悲鳴をあげている。
「ふふっ!ここは、風魔法が付与された白亜の本屋ですから。試飲用のカップは風魔法でつくられています。ひっくり返せば溢れますから、普通のカップと同じように飲んでくださいね。」
「やはり君は面白いな...。白亜の本屋のおかげ、ということにしておいてあげよう。」
そう言うと、グレイソンは一気に飲み干した。
「これは...たくさんのフルーツの味がして美味しい...クソッ見回り中でなければ...!アン!仕事が終わったら私は必ずまた来るぞ!」
グレイソンは興奮気味に言った。
国を落とすんじゃないかというイケメンのグレイソンが飲んだ、聞いたこともないフルーツティー。しかもカップは風でできている。周りの人間は気にならないわけがない。
何がどうなっているんだ、と人々が殺到するまではあっという間のことだった。
「あ、ちょっと待て!オレはアンに話があったんだ!」
騎士団長ともあろう者が、民衆によってあっという間に押し退けられた。既にアンの周りには凄い人だかりができている。
そして、混雑を予想していたテディがロープで行列の整理をし始めた。
グレイソンはため息をつくと、店内にいたクロエに、アン宛の手紙を残して去って行った。
グレイソン自身は、その行動がクロエのファンに多大な影響を与えるとも知らずに。
クロエはそれ以降、ファンの男たちからの無理なアプローチが減ったと手を叩いて喜んでいた。