019.アンの提案
ウィルは一度解散を促した。店員たちは各店舗に戻っていった。クロエはさりげなくアンに手を振りつつ、ウィンクをして行った。これは、男性なら一発で落ちるやつだ。アンでさえ、ドキッとして顔が少し火照るのを感じた。
「さて、と...。初日から申し訳ないが...飲み物に関しては、お前に任せても大丈夫か?相談事があれば聞く。」
ウィルは飲み物にはさほど詳しくないのだろう、出勤初日のアンに丸投げするくらいだ。
「あの、掃除とかもやります!」
アンは張り切って言ってみる。
「ありがとう。ただ、それがなー...この店舗、ポートマン夫妻の風魔法が凄すぎて、汚れは全て勝手に弾くわ、チリや埃は纏めてそこのゴミ入れに入っていくんだわ...」
ウィルはチラと店の壁の下の方に空いた5cm×20cm程度の隙間を見た。
そこに定期的に風が舞い込み、コロコロとホコリやパン屑、花びら、糸くずなど全ての店舗のゴミが収まっていく。
「あれを回収してゴミ捨て場に捨てるのを、店を閉める前に1日1回お願いしてもいいか?」
ウィルは少し申し訳なさそうにお願いをした。
「...ハイテク!!!ルンバより賢いかも!」
アンは驚愕していた。転生前の世界の機器を思い出してしまった。
「ハイテク?ルンバ?何言ってんだ?」
ウィルは怪訝そうに聞いた。
「あ、いえいえ!ともかくそれは任せてください!ただ...ウィルさんとの約束を早速破りかける気もしますが...よろしければ紅茶をお出しさせて頂けないでしょうか?」
ウィルはひどく驚いた顔をした。
「そりゃあ...実家のことを秘密にする約束のことはともかく、こちらとしては願ってもない話だぞ!?
あ!ポートマンさんの実家のようなものではなく、インスタントでということか?」
ウィルはインスタントなら話は分かる、と自己完結しかけた。が、アンはあっさり否定してみせた。
「いえ、祖母も紅茶を生業にするのは構わないと言っていました。正直、競合したところで、今祖母一人では店が回しきれず猫の手も借りたいと言っていたところです。客なんてどんどん持ってってくれとさえ言ってました。
まあ、最終工程は人によって差が出るので、祖母のオリジナルにはなりえません。私のオリジナルということになってしまってもよろしいでしょうか...。」
「なるほど...こちらにとっては願ってもない話だが、念のため客に出す前に手紙を出してポートマンさんに聞いてみるといい。」
ウィルはきちんとポートマンの紅茶専門店のことまで考えてくれているようだ。
アンはチラッとフウとプウを見た。2人は頷いて、フウが消えた。聞きにいってくれたのだろう。
と、一瞬で戻ってきた。
2匹で手をつなぎあわせて、大きな○を作っている。...かわいい。
「...祖母は問題ないようです。今のところ問題は...王都での紅茶の相場と、素材や茶器を買えそうな店が分かりません。今週1週間は準備にお時間を頂いてもいいでしょうか?
その間コーヒーは、鮮度が良くて香り高い別な商店の豆を選んで下さい。お湯を熱湯ではなく適した温度があるはずですので、商人に聞いてみて下さい。そして、ゆっくりと注いだ方がいいと思います。
幾分マシになるのではないでしょうか?」
アンは前世の知識で知っていることでしかないが、コーヒーについても少しアドバイスをした。
「ああ、パン屋は水道や魔石コンロを装備しているが、ジョシュアは工房側しか使ったないからアンが使ってくれ。
そうなると...もはやアンの紅茶専門店が出来上がりそうだな。」
ウィルはガハハと笑った。
「ま、お店の経営や事務的なところは、オレが最初は手伝ってやるよ。もし軌道に乗ったら、アンの店として独立するといい。」
ウィルは根っからの良い人だった。アンのその場しのぎの稼ぎではなく、将来を見越しての提案までしてくれた。ポートマンの紅茶を取り込めば、莫大な財産も築けるというのにだ。
「ありがとうございます!はじめはジョシュアさんのお店を借りて、軌道に乗せられそうだったら自分でテラス部分を改良して間借りしても良いでしょうか?」
「あぁ、構わないぜ。ただし、他の店舗のやつに影響が出る場合は、何かはじめる前に必ず全員に相談してOKを貰うこと。それはこの店全体での約束な。」
「はい!ありがとうございます!ウィルさんや皆さんのために頑張って働きます!」
アンは張り切って拳を天に突き上げた。
ようやくアンの魔法の紅茶専門店がはじまります。
ふぅ、ここまででも長かったなあ(笑)
今のところ良いペースで更新ができています!
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