135.最高位精霊は譲らない
...
それから数日後。
『〜〜〜だからな、グレイソンとの逢瀬には、我々は控えねばなるまい。』
白タヌキはフウ達を宥めるのに手こずっていた。
『え〜』
『僕らの方がアン好き〜』
『私のアン〜!』
白タヌキ自身が友であるグレイソンの背中を(物理的にはアンの背中を)押したのだ、精霊が2人の邪魔をさせてはなるまいと責任を感じていた。
恋愛など縁遠い最高位精霊達は、そんな白タヌキを睨みつけている。アンを取られたと思ったのだろう。ブーイングの嵐だ。
アンには精霊の言葉は分からないが、何かここ数日白タヌキが苦慮しているのは感じる。心なしか彼らの周りを取り巻く旋風が強めで紅茶の葉がたまに宙を舞ってしまう。
「あれから結局会えてない...。」
アンは頬をぷくっと膨らませた。今までも遠征で一週間以上会えない事も普通だった。
だが、自分のグレイソンへの想いを自覚し、あんなことがあったのだ。1日1日が長く感じるのも仕方がない。
「〜〜〜っ!これじゃダメね。早く朝ごはん食べてお店に行く準備をしなきゃ!」
ふとアンはグレイソンの唇の感触を思い出して、顔を両手で覆い俯いた。白タヌキの目線からは、俯いたアンの耳から首筋にかけてほんのり赤くなっているのが見えた。
2人はヒトの中では大きな重荷を背負っている。ならば、人並み以上に幸せにもなってほしい、と白タヌキは親のような気持ちになる。
ーーーーードンドンドンッ!!!
アンは突然のドアを叩く音に肩がビクッと持ち上がった。
「アン!私だ!すまないが、急ぎ話をさせてくれ。」
「ヘンリーおじさん...?ひとまず、どうぞ。」
アンは慌てて部屋の鍵を開けた。
扉が開くと、身なりは整えているものの、寝不足状態だと分かる顔をしたヘンリーが入って来た。
「朝早くからすまない。昨夜クロエから聞いて、朝一で話さねばと思ったのだ。」
寝不足の顔...昨夜クロエに...
その言葉でアンは少し頬が火照りそうになった。もしも、グレイソンと交際することになれば自分もいつかそんな夜を過ごすことがあるのだろうか...。
違う違う、そんな事考えてる場合ではないし、友人の夜の出来事を想像するなんて最低だわ...!
アンは恥ずかしくなり両手で頬を押さえ、ブンブンと首を横に振った。
「...何か百面相をしているが、話を続けても良いか?」
「ど、どうぞ!!」
アンは慌てて椅子に座るよう促した。
「アン、君はルカとオリーと知り合いなのだな。」
「...それは、クロエさんから?」
アンはピクッと眉が反応した。何か嫌な予感がして、肯定も否定もせずに質問で返す。クロエならば、よく来てくれるルカとオリーの名も知っているだろう。だが、光魔法の事は知らないはずだ。
「質問で返すということは、やはりそうなのだな。」
「...。」
アンは表情を崩さないように、注意しながらも、内心は大きく狼狽えていた。最近はとても良くしてくれている友人二人に、国王の側近であるヘンリーが関心を示している。ルカは光の魔法使いだ。おそらく只事ではないだろう。
「黙るのも肯定と同じだ。」
「...ずるいわ。どうして二人のことを知っているの?」
アンがこれ以上は無駄だと諦め、ため息をついた。
「彼らは、私がアンとオリビアに闇魔法の話を聞いた時から追っている。...と言っても、誤解しないでほしい。話が聞きたいだけなのだが、取り合ってもらえない。」
「もしかして、前に話してくれたエディール村にいる闇の魔法使いって...。」
アンのその言葉に、ヘンリーは頷いた。
「そうだ。オリーの事だ。」
「...っ!!」
アンはルカとオリーについて、ずっと思っていた僅かな違和感の正体を理解した。二人の会話で、読み取れなかった部分。それはオリーが闇魔法を使えるとなれば、理解ができる。
彼らが何か慎重に行動している事も、互いに心配しあっている事も、オリーがいつも緊張感を持っている事も。
「...でも、二人は父のような闇魔法とは関係ないのでしょう?」
その言葉に、ヘンリーの表情が僅かに動いた。