132.春の訪れ
ーーーーーどうして。
どうしていつも団長さんは、少し寂しげなの。どうしてそんなにも苦しそうな顔をするの。
グレイソンの進む事も引く事もできずに、悔しそうに、苦しそうに歪める表情を真っ直ぐに見据えながらアンは思う。
アンはグレイソンの詳しい生い立ちを聞いたことはない。それでも、おそらく日々一緒にいる騎士達よりもずっと、きちんとグレイソンの事を理解していた。グレイソンに既に数年間使えている侍女や執事達よりもだ。
「団長さんの事...!もっとちゃんと知りたいです。」
食事を共にするたびに、少し幼さすら感じさせる心の底からの笑顔で笑ってくれる。
会う度に優しい目で、微笑んでくれる。
それでも、アンがグレイソンを異性として意識すればすぐにでも離れてしまうだろう事ははじめから察していた。
はじめて出会った時。馬車で見た目について触れた瞬間、グレイソンのアンへの警戒感が跳ね上がった感じがした。
「またか。」
とでも言いたげな目。屈強な騎士であるにも関わらず、怯えた野良猫のような緊張感。その時は、王族だからということは気が付きもしなかった。
だが、今思えばきっと肩書きや見た目で、恐ろしい目にも遭ってきたのだろうと想像が付いた。いくら鈍いアンでも、騎士団以外の人たちにはあまり心を開かないグレイソンに、ところどころ違和感を持っていた。
アンはずっと、ただ良き友人として近くで力になりたいと思っていた。
田舎者のアンを異性として求めてくれることなど、まず無いだろうという変な自信を持ってしまっていた。
アンが王宮に引きこもるようになってからは、甲斐甲斐しくグレイソンが側にいてくれた。
アンはその頃から、いつかはグレイソンの支えになれたらと思うようになっていた。
魔法使いとして、友として、あるいはただの紅茶屋として。どんな形ででもグレイソンの優しさに報いる事ができればと。
「いつもひとりで苦しまないで下さい...!」
アンの予想外の言葉に、グレイソンは驚きを隠せなかった。
過去の経験や自身の置かれた立場で雁字搦めになっていたグレイソンの心が、少しずつ解けていくような気がした。
「ーーーーー君が現れると、春の訪れのような心地がするんだ。」
グレイソンは、やっと震える声を絞り出した。アンがその顔を見上げると、困ったように、だが柔らかくグレイソンは微笑んでいた。
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