118. 寄り道回〜グレイソンサイド〜
アンとグレイソンの出会い
「あぁ、俺はこんな死に方だったのだな。」
道端の木に寄り掛かり、青い空を見上げながら、グレイソンは呟く。
グレイソンは、王族の血筋を引きながらも騎士団に入り、それを統括する立場の第一騎士団長まで駆け上がった。それは、王族だからと確約された楽な道では決してなかった。この王国の騎士団は、完全実力主義である。
グレイソンが自分自身の社会的立ち位置を明確に理解したのは、14の頃だった。それまでは、ただ家庭教師や両親達の言う通りに学び、王族としての公務を果たす日々だった。それでも学び、吸収する事が性に合っていたらしく苦に思った事は無かった。
一方、社交界に出るや否や、引っ切り無しに令嬢達との挨拶を交わす事となる。
国王の弟の次男。
家柄だけでも令嬢達にとって最優良物件という扱いであった。ましてや少年ながらに神々しさすら感じられるほどの美貌に、溢れる才能。同世代と比べてしまえば、剣技はもちろん勉学の面でも圧倒的優秀さだった。
だが、それらはグレイソンにとってただの付属品のはずだった。しかし皆にとっては、そうではないのだとも悟った。
彼らにとってはそれらの付属品こそがグレイソンの本質であり、価値であると。
はじめは習った通りに丁寧に挨拶を交わしていたが、どの令嬢もまるで同じにしか見えなくなった。優秀なはずのグレイソンが最終的に名前と顔を覚えたのははじめに会った数名のみだった。
「つまらない...。」
結果、グレイソンは令嬢達など眼中にないのだと、誰一人相手にしてもらうに相応しい者などいないのだと、遠巻きに噂されるだけの存在となっていった。
時折話しかけてくる令嬢もいたが、まだ幼いグレイソンを"危ないこと"に誘い、"既成事実"を作ろうとする者が殆どだった。無理矢理にグレイソンに酒を飲ませ、寝所に連れ込んでは事に及ぼうとした。既に女性よりは力はついていたグレイソンは、自ら服を脱が捨てた女を後ろ手に縛り上げては置き去りにするのがお決まりだった。
涼しい顔をして対処するものの、その度にグレイソンは吐き気がして目眩を覚えるようになった。
「大人って、汚い...。」
グレイソンがちゃんと話すのは、まだ小さな、純粋に遊び相手を欲するくらいの子供達だけだった。
「つまらない、な。いっそ、国の為にこの身を捧げて死ねる場所を探すのもいいかもしれない。」
15の時、グレイソンはふらりと騎士団の入団試験を受けた。王族で適正年齢の下限で入団したのはグレイソンが初めてだった。
それからの15年ほどは、グレイソンは男だらけの生活でのびのびと国を守るという大義をやり遂げる為に猛進していた。
そんな折、騎士団に幻覚系の魔物の討伐依頼が入った。それ程魔力は強くないが王国騎士団に1名魔法使いが所属しているため、幻覚は対応してもらうことになった。
その魔物自体は幻覚さえどうにかできれば、さほど強くはなかった。だが、貴重な魔法使いの護衛は最優先事項だった。
「...グレイソン団長、本日の討伐結果は団員20名中、軽症者3名です。魔法使い殿はご無事です。」
「そうか、軽症者で必要な者にはポーション使用を許可する。私の馬の荷から持って行け。引き続き魔法使い殿の護衛は王宮に戻るまで気を抜くな。」
とはいえ、ここはさほど強大な魔物も出ない地域だ。早く王都に戻って、溜まった事務処理を片付けてしまわなければと既に先の事を考えていた。
「うあ"ぁああああああああぁああああ!!!」
突如響いた新人騎士の悲鳴に、グレイソンは魔法使いを背にしてその声の主の視線を追った。
太陽を背に、何かが急速に落ちてくるように見えた。グレイソンはそれを視認するとハッと息を呑んだ。
「...っ!?全員逃げろ!!!!!」
グレイソンは魔法使いを庇いながら、最も大きな木の影に転がり込んだ。
そこに、地獄の業火のような炎が降り注ぎ、ズシャア...と地面に何かが降り立った。
「ウソだろ...!?」
「たった20人で、無理だ...!」
「っ死にたくない...!!!」
「命に代えても魔法使い殿を守れ!!」
様々な声が飛び交った。ギリギリのタイミングで展開された魔法使いの防御魔法により今のところ死者はいないようだ。だが、深傷を負った者は幾人か視界に入った。
「小型だが、レッドドラゴン...だと...!?」
グレイソンは身震いした。
魔法使いの防御魔法はせいぜい数回が限度。今のバラけてしまった状態で魔法使いと団員達を守りながら闘えるか?全員で闘えば何人が死ぬ?この中でレッドドラゴンと闘える者は何人だ?優先すべきことは何だ?現在の地理的有利は...?
幾通りもの戦略を、その怜悧な頭脳で思考した。
だが、答えは初めから分かっていた。
「...皆は先に行け。私が相手するうちに逃げ切れ。その間の指揮官はアルフィに任せる。行け。」
グレイソンは必要最低限の命令を出す。
「待て!!!グレイソン!!!」
「団長!お待ちください!」
周囲から悲痛な声が飛び交った。護衛対象の魔法使いも驚いて目を見張っている。
騎士であれば王族だろうと殉職はあり得る。それがグレイソンにとっては救いだった。グレイソンを置いて逃げても、他の団員が罪に問われることは無い。
グレイソンは既に心を決めていた。おそらくレッドドラゴンと対峙して助かる事はないだろう。
「全員、必ず生きて帰ってくれ。」
最後の一言は、団長としての命令ではない。純粋な願いだった。
グレイソンは騎士団にそれだけ声をかけると、トップスピードで駆け出した。そして、レッドドラゴンに対し発砲する。威嚇でも撃退するためでもない。ただ自分に注意を向けるための発砲だ。
己が翼を貫いたその弾丸を放った金色の髪に、レッドドラゴンが反応する。おどろおどろしい怒りの慟哭が森中に響いた。
そして、グレイソンは滑空してきたレッドドラゴンの翼に剣を突き刺し、
そのままドラゴンは空へと急上昇したのだった。
空中でも散々揉み合った後、背後をとっていたグレイソンがレッドドラゴンの首を切り落として決着は着いた。
上空数十メートルから放り出されたが、運良く木や下にいた魔物を下敷きにして命は取り留めた。
宙に放り出された瞬間、下は森が広がっており、一本の道が見えた。そして、その後はグレイソンが落ちた衝撃でバキバキと枝が折れ、最後にグシャリと下にいたゴブリンが潰れた音がした。
グレイソンは背中を強く打ち、呼吸ができるようになるまで10数秒はかかった。
「.......っハァッ!?ハッハッハッ...ハッ...ハッ......ハァッ........。う"、うぁあああ"!!?」
そして大きく咳き込むと身体のあちこちが悲鳴をあげた。ドラゴンに引っ掻かれてひしゃげた鎧を脱ぐと、仰向けに大の字になって寝転がった。
「巻き込んで...悪かったな...。」
グレイソンは下敷きになったゴブリンの死体を見て言う。随分と太っていたのだろう。そのおかげで助かったのだと悟る。
「いっ...!うぐっ...!?」
グレイソンは今頃になって激しい痛みを感じるようになってきた。
あぁ、死ぬのだなと実感も湧く。
きっと今頃。
世界のどこかでは新たな命が誕生し、成人の運命の2人は出会い、婚姻の儀をとり行いーーーーーそんな日に相応しいほどの晴々とした空だった。
自分からは、それとは程遠い血の匂いがしたーーーーー。