114.過去の二人
アンとブレイクが演習場に到着し、訓練を開始すると、やはりアーロやセトと初めて組み手をした時と同じ結果になった。
アンが自室に戻ると、
「村のガキんちょだった〜」
「泣き虫だった〜」
「へっぽこだったね〜」
精霊達は過去のブレイクに対して散々な言いようだった。その頃からアンに付いていたようだ。
「でも、さっきの訓練では昔とは全然違ったわ...。見た目もそうだけど、前はあんなに泣き虫だったのにね。」
「アンも泣かせてた〜」
「アンがかばってた〜」
「でもアンもいじめてた〜」
「ちょっと皆!人聞きの悪いこと言わないでよ!...間違ってはないけど...。」
アンは慌てて訂正しようとする。
ーーーーーアンとブレイクは幼い頃、仲良くしていた。
幼い頃のアンは、可愛らしい風貌から村の少年達にちょっかいを出されて泣いていた。だが、10歳頃になると持ち前の運動神経でやり返せるようにもなっていた。
そしてそんなアンと親友のフレデリカにくっ付いて歩いていたのがブレイクだ。
ブレイクは血は繋がらないものの、フレデリカと同じミルクティ色の髪をしており、なによりも大変可愛らしい見目をしていた。丸顔で、目がぱっちりとして美少年というよりは美少女と言いたくなるような少年だった。フレデリカといれば姉妹のようだった。母親はかなり病弱だが、ブレイクをとても愛していた。
だが、そんなブレイクを女みたいだと言って村の男の子達は虐めの対象にしていた。アンとフレデリカは、そんな男の子たちからいつもブレイクを守ってあげていた。
...だが、アンがその様子に我慢できないほどに苛立った事があった。
その日ブレイクは母が新しく作ってくれたという服を、アンとフレデリカに嬉しそうに見せてくれた。
「アン!フレデリカ!これね、母さまが病気の中でも僕のために作ってくれたんだ!少し不恰好なところもあるけど、凄く嬉しくて2人に聞いて欲しかったんだ!」
「素敵ね!不恰好なんかじゃないわ、きっと王都のお店で売ってるものより素敵よ!」
フレデリカはニコニコと自分のことのように喜んでいた。
「ええ、本当に!ブレイクが喜んでくれるからお母さまもすごく嬉しいと思うわ!」
アンもその服がブレイクにとってどんな宝石より価値があると理解していた。アンは既に母親から手作りのプレゼントなど貰うことが出来なかったから、尚更理解できた。
それなのに。
その後、そんな事を知る由もない村の少年達は、ブレイクが男か確かめるのだと言って乱暴に服を脱がせようと追いかけ回していた。
ブレイクは数人に捕まり、せっかく病弱な母がわざわざ作ってくれた服は酷く汚れ、ボタンが取れて襟が伸びていた。
ブレイクが涙目になって少年たちから逃れようと頭を抱えてうずくまっていたとき。急に顔をググッと上に向けられ、
そして。
ガンッと大きな音がして、ブレイクの頭に衝撃が走った。
「痛っ...!?」
少年達の手が離れ、視界がチカチカとする中、顔を上げるとそこでブレイクを睨みつけていたのはアンだった。
アンが、ブレイクの頭に思い切り頭突きをしたのだ。
「あ、アン...?」
ブレイクは訳が分からなくて呆然とする。なぜ男の子達ではなく自分に頭突きしたのが、よりによってアンなのか。
「ちょっとアン!なんでブレイクを!?」
フレデリカも理解ができずにアワアワとしている。
最も訳が分からないのは少年たちの方だった。いつもならばブレイクに味方して自分達を追いかけ回すはずのアンが、あろうことかブレイクに頭突きをしたのだから。
その場にいる皆がポカンと突っ立っていると、アンが震える声で言い放った。
「ブレイク...!いい加減、やられてばかりではいられないのよ...!?
...あなたの母さまが重い病の中で、無理にでも作ってくれたお洋服なのよ...?
あなたの生涯の宝物じゃない!その価値が分からないこの愚か者達に一矢報いるくらいの事してみなさいよ!!あなた自身を傷付けられるのだって、あなたの母さまの宝物に傷を付けられるのと同義よ!
ここであなたが闘えない臆病者だというのならば、一度私があなたを叩きのめしてあげるわ。
立ちなさい!あなたの手足はあなた自身を、大切なものを守るためにあるのよ。私たちにとっても大事なあなたがこんな風に傷付けられて、弱いままでいるなんて、もう私が許さない。」
アンは怒りに震えながら振り返り、少年達を睨みつけた。途端にアンの髪をまきあげるほどの強い風が吹き、冷やかに、しかし怒りに燃えるそのブルーと金の瞳が少年達を捉える。
少年達は逃げたいが、強い風の風圧が壁となり退路を阻む。
少年達もブレイクもこれまでにない恐怖に駆られた。
目の前にいるのは、ただのか細い少女だ。それでも天災が起きる前の嫌な前兆が来たかのように心が騒ついてしまう。
少年達は怯えてフレデリカの後ろに隠れる始末だった。
それからーーーーー
ブレイクはその場から逃げ出した。
少年達から逃げたのか、アンから逃げたのか、はたまた弱い自分から逃げたのか、それともその全てか。
情けなくて恐くて恥ずかしくて、何より母さまに会わせる顔がなくて、その日はすぐにベッドに潜り込んで泣きじゃくった。母は何があったのか察してくれたようで、すっかり泣き疲れて寝てしまったブレイクの服を何も言わずに直してくれていた。
それから何となくアンに会うのが気まずくなった。アンは自分のために怒ってれたのだから、会えばいつも通りに接する。アンもいつも通りの優しい笑顔、温かな空気で迎え入れてくれる。
それでも何か2人の間にできてしまった緊張が溶けることはなかった。むしろ、氷のように冷たく内へ内へと沈み込んで、あれ程仲の良かった関係が修復できるとは思えない程に変わってしまった。
変わったのは自分のアンへの感情なのか、アンの感情か、その当時のブレイクには分からないことばかりだった。聞く勇気もないほどにまだ臆病で幼い。
そうして、少しずつ離れて過ごす時間が増え、16歳になったブレイクはアン達には黙って王都の騎士団の入団試験を受けたのだ。
臆病な自分にも、大切なものを守れない自分にも戻りたくない。あの時のアンの言葉が全ての原動力だった。
アンに恥じない実力をつけ、あの時のアンを思い返しても恐怖を感じない程の自信を付けたら会いに行く。
そのつもりだった。
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