011.精霊達の猛抗議
それから2日後、たわいもない話や、魔物討伐や紅茶の話などをしながら王都に着いた。検問所ではグレイソンがいたために、あっさりと顔パスとなった。検問所の衛兵は、グレイソンの状況を聞かされていたのか無事な帰還に喜びつつもかなり慌てていた。衛兵が急ぎ伝令に走っていた。
そして王都の中心部まで馬車が着いた。
「団長さんも一緒に旅して頂けたおかげで、なんだか安心して王都まで来れてしまいました。」
アンはふふっと笑いながら別れの挨拶をした。
「いや、何かあったとしても手負いだから役には立たなかっただろうが...この恩はどこかで返さなければな。困ったことがあったら第1騎師団のグレイソン宛に連絡をくれ。」
それはさすがに無理な話だと思ったが、アンはその気持ちがとても嬉しかった。
と、その時、遠くから声がした。
「おい!見ろ!!!団長が...生きてる!!!」
「まさか!俺はレッドドラゴンに食われて空に持ってかれるところを見たんだぞ!そんなわけ...」
「いや、団長、団長だ!!!!」
巡回中だった第1騎師団の団員達だろう、騎士服を着た大男達が遠くから涙を浮かべ、全力疾走で走ってくる。中には鎧を着たものもいたものだから、ガシャンガシャンと音が立つ。
「おい、やめろ!怪我してるんだ!ちょっ、悪かったって!イテテ...!!分かった!待て待て!!」
グレイソンは騎師団の者達を一旦遠ざけようとするが、心底心配した騎師団の者たちにはそんな事聞こえてはいなかった。
「だって、レッドドラゴンなんて...!!グズっ」
「団長マジで俺はもうダメかと...!!グズっ」
ガタイのいい男たちが鼻水を垂らして男泣きしている。
あまりのことにアンは驚いたが、
「フフッ、感動の再会に水を差すのは野暮よね!」
という独り言を呟きつつ馭者に目配せすると、馬車を走らせ退散した。
男達に囲まれているグレイソンが、
「お前ら、アンを紹介するよ、俺を助けてくれたんだ。」
と言って振り向くと、そこにはもうアンはいなかった。
「しまった!!!アンがこれからどこに行くのかまだ聞けていないというのに!」
グレイソンは、団員達にもみくちゃにされながらもグッタリとやるべき事が増えたな...と片手で頭を抱えた。それでも、気分は良かった。
グレイソンは、アンを必ず探し出すと心に誓った。
「...ところでグレイソン団長?腕にすごい包帯してますけど、レッドドラゴンの傷ですよね!?急いで医者か魔法使い様に見せなくちゃならねぇですよね!?」
「あ、あぁ、そういえばそうだったな。助けてくれた方が、粗方痛みは取ってくれたんだ。」
グレイソンはそう言いながらも、そういえば痛みがあれから全くない。いくら痛み止めだと言っても何日も持つものだろうか?と違和感を覚えてサッと血みどろの包帯を取った。
包帯があまりに血みどろだったので、どんな傷がくるのかと、騎士達も少々身構えた。
身構えたのだが...
そこに傷は見当たらなかった。
焦ったグレイソンは、その場で折れたはずの左手の指先や、足首もグローブ・ブーツを取って触ってみる。
「団長...??ハイポーション持ってたんすか...?」
「バカ言え、ポーションはグレイソン団長の馬の荷に括ってあったろ。」
「だよなあ...ってことはレッドドラゴンをかすり傷程度で倒したとか...??」
答えが欲しい団員達は、ジッとグレイソンを見つめる。だが、グレイソン自身も訳がわからないといったような困惑した顔をしている。
「違う...骨が見えるほどの怪我をして、応急処置しかできていなかった...それを、まさか、あの紅茶...?あの子は...」
あり得ない出来事に、先ほどまで大騒ぎしていた団員達は、グレイソンの腕を見ながら静まり返っていた。
...
一方、王都で住む家に向かう馬車の中では、アンが精霊達からブーイングを受けていた。
「アンったら〜!」
「そういえば僕たちの力を侮ってくれたではないか〜!」
「まったくだあ〜!」
精霊達がヤイヤイ言っている。
「え?ごめんね、どういうこと??」
アンには身に覚えがないので、精霊達のご機嫌を損ねた原因を必死に考える。
「だってあの人の痛みは取れても、まだ治ってないって〜」
「そうそう〜」
「そんなわけないのに〜」
「「「ね〜」」」
ちゃんと仕事をしたんだぞっと精霊達はブーブー抗議する。
「え。あ......ま、まさか!!
あの傷全て治せてしまったということなの...!?」
「傷口に〜」
「疲労回復肩こり腰痛〜!」
「古傷だってお茶の子さいさい〜!」
風の精霊っぽくない製薬会社のCMみたいな語り口だな、と関係ない事を考えながらもアンは慌てた。
(まずい!!!やりすぎだよね...?魔法使いじゃなかったら、さすがにおかしいよね!!!団長さん気付いてしまうかしら。)
既にグレイソンは気付いているに決まっているのだが、気付いていない可能性を考えるあたり、アンはやはり抜けている。
「そうだったのね...ごめんね、みんな本当に凄い精霊様なんだもんね。ひとまずは、本当にありがとう。王国にとって大切な人を救ったのだから貴方達は本当に素晴らしい精霊様だわ。」
アンはバンザイしながらつむじ風を起こして、葉っぱを紙吹雪代わりに喜んでいる精霊達を微笑ましく見ていた。
が、この時気付いていなかった。やっと褒めてもらえたことに気を良くした精霊達が、アンの魔力を勝手に使い、残りの紅茶の効能も高めていたことを。