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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
103/139

103.花言葉は



...


アンが目覚めた日の夜。




自室に戻ったグレイソンは、着替えの手伝いも断って人払いをした。


それまでなるべくは平静を装っていたグレイソンだが、侍女が部屋を出るのを見送ると、その場で動けなくなった。




あの時の光景を思い返す。


オリビアが星屑いっぱいの玩具箱をひっくり返したような光が、アンの瞳に映った瞬間。アンの金とブルーのグラデーションの瞳が、この世の物とは思えない程に美しく光り輝いた。この世界の星空は、アンのためにあらのではないかと思うほどに調和していた。




それは雲間から光が差すような感覚だった。グレイソンの中で、アンを失わずに済むかもしれない、という確かな期待が首をもたげた瞬間だった。




アンが目覚め、グレイソンにとって長い長い夜が終わった。




どれ程自分が愛を伝えても目を覚さないその人は、母親という唯一無二の愛で目を覚ましたのだ。




どんな理由でも構わない、愛しい人が生きたいと願ってくれた事がこれ程までに胸を締め付ける。




「〜〜〜っ!」

ポタッとグレイソンの目から涙が溢れた。




騎士になってから、これほど涙を流すのは初めてだった。身を切られようと、撃たれようと、己の事で涙する事は無かった。アンと初めて出会ったあの日、死を覚悟していたグレイソンだが、それでも涙する事はなかった。




だが今日は、止めどなく流れる涙を拭くこともなく、声を殺して咽び泣いた。




皆が心優しいアンのために、日々胸を痛めていた。中でもグレイソンは毎日アンのために甲斐甲斐しく足を運び、ほんのひと時でも元の笑顔を取り戻せたらと試行錯誤した。




見ず知らずの自分に手を差し伸べてくれた彼女は、命の恩人となり、いつの間にか良き友人であり、唯一無二の存在となっていた。




そして彼女の危機で、自分がどれ程彼女を愛しているのかを理解した。仮にも王族の血筋である自分が、自由な恋愛などできるわけがない。それでも必死に手を伸ばしたくなった。





ふと、何かの気配を感じた。


窓枠に白タヌキが着地する瞬間だった。だが、鳴きもせずにただ尻尾をパタリとするだけである。



「〜〜〜っなんだ白タヌキ。みっともない姿を笑いに来たのか?王族の、大の男が何をそんなに泣くのかと...。」

グレイソンは涙を隠しながら、むすっとした。



白タヌキが窓枠から部屋の中へと飛ぶと、ヒュウッと音がした。


そして目の前には白虎がいた。



「白虎の姿という事は...用事でもあるのか?」


グレイソンはキョトンとした。

今まで白虎の姿で会ったのは、ヒトの言葉でグレイソンに何かを伝える時だけだった。



「無ィ ガ、

貴様ガ 心ヲ砕イテイタ事ハ

理解シテイル」



そう言って白虎はグレイソンの目の前まで来ると、背を向けて尻尾で包んだ。



「...っ!!!」

胸をかすのではなく背中なんだなとは思ったが、その静かな気遣いに肩が震え、涙がますます止まらなくなった。


白虎がわざわざその姿をとったのは、王族も騎士団調という肩書きも、大人の男である事も我が前にはちっぽけであると言いたかったのだと分かった。


そして、この悔しさとも嬉しさとも言い難い涙を、ひとりで流すには夜は暗く、酷く長かった。


何故コイツは分かったんだ...と、グレイソンは少し悔しくも、ありがたかった。


白虎はグレイソンが、大切なアンのために心を砕いてきたことは、状況の悪化を食い止める一因になっていたと思っていた。


グレイソンが来る事で、アンは料理や身嗜みに気を配り、花を受け取れば心からの笑顔を綻ばせた。ただ撫でられることしかできない自分とは違う、グレイソンでなければ出来なかった事を愚直にやっていたのだ。


その上、アンに手出しもせず、弱っていくアンを見続けることの辛さからも逃げ出さず。大切な人が弱っていくところを見るというのは、想像を絶する苦しさだと言うのに...。


その苦しみを決して放棄することなく、受け入れ続けたグレイソンの想いを最も理解していたのも白虎だった。



グレイソン本人は気付いていないが、出会った当初に比べると数キロは痩せていた。白虎はそんなグレイソンの事も心配していたのだ。





グレイソンは、いつの間にか白虎にもたれかかるようにして眠っていた。


目が覚めると、そのまま動かずにいてくれていたのだろう純白の毛並みがグレイソンを包んだままだった。


「...これはこれで...良い。」

もふもふ好きのいつものグレイソンだった。白虎の神々しい尻尾を掴もうとした。



が、白虎が立ち上がり、グレイソンはゴロンと床に転がされた。



調子に乗るなと言いたげに白虎が睨む。


「...ハハッ!」

グレイソンと白虎はそれなりに互いの事を理解した友となっていた。フッと白虎の眼差しが優しいものとなった。



「なあ...ところで何故白タヌキは実態をとれるんだ?魔力のない俺にも見えるだろ?」



「...上位精霊ナラバ可能ダ

制限ガ多ク、望ム者ハマズイナイ


我ハ実態ヲ望ンダ

更ニ本来ノ姿ハ 見エヌ

コレハ、白虎カラ譲リ受ケタ


我名ヲーーーーーーーーーート言ウ」


「まあ...発音できないが、その嵐みたいな音がお前の本当の名前ってことか。」


白虎は頷く。


「なるほど...なんか、猛々しくてかっこいいな!白虎の姿ともしっくりくるな!」

響きしか分からないがな!とグレイソンは快活に笑った。


精霊にとって風の言葉での名は、大切なものだ。だが、白タヌキの名は風の精霊達の中では、軟弱だと馬鹿にされる事が多かった。


それだけに、グレイソンの何気ないその言葉は、今まで名前に対して抱いていた哀しみの感情を溶かしてくれた。



「...雪解ケ、ダ」


グレイソンはボソリと言った白虎の言葉の意味を考えた。


「名前の、意味か?」


グレイソンの問いかけに、白虎は軽く頷く。


「雪解け...。ふうん。」


グレイソンが何か考える様子に、人間にとってもいまいちだったのだろうと内心ガッカリした。


「...真っ白で、治癒を得意とするお前にピッタリの名だ。つまりは春の訪れという事だな、縁起がいい。気に入った。」


グレイソンはニカッと笑った。




「春ノ 訪...レ...」




精霊は、わざわざ別の意味として理解する事は少ない。雪解けは雪解けでしかなく、暖かくなって溶け出すくらいの意味合いだ。




グレイソンには、白虎の口元やヒゲがムズムズと動くのが分かった。


なんだ?喜んでいるのか?

と思ったが、グレイソンは口にしなかった。



「悪ク ナイ ナ」



そう言い残して、白虎は白タヌキの姿になり、窓から出て行った。





悪くない。春の訪れ。治癒を得意とする我にピッタリの名だったではないか。


何千年もの間、名前に良い思い出の無かった白タヌキにとって、それは救いとなった。




...



朝、グレイソンは侍女の驚きの声で目が覚めた。



「おはようございます。今日はいいお天気ですよ。」

侍女がシャッとカーテンを開ける。


「...っ!すまない、寝過ごしたか。」

グレイソンは基本的に起こされる前には起きている。昨日は寝衣の上を着ている途中で眠くなって力尽きた。


「!!!ご主人様、これは...!?」

侍女の驚く目線が、自分の周囲に向けられていた。


そして、ハッとグレイソンの肌が見えている事にも気が付く。ボタンを留め切らずに寝たため、前ははだけ鍛え抜かれた胸板と腕が露になっていた。侍女はその様子にもクラリと足がおぼつかなくなる。


侍女の戸惑う声に驚いて飛び起きたグレイソンは侍女の視線を追った。


すると、ベッドの周りに見事なローゼンタの花のピンク色が咲き乱れていた。まるで春が訪れたように、花が咲き乱れ、優しい淡い香りで充満する。


よもやその見目麗しさと功績の高さから、却って女性を寄せ付けなかった主人の獣らしい一面を見てしまった。もしかすると、その布の下には愛する女性も淫らな姿で横たわっているのだろうか。


と、大きく勘違いした侍女は小さく謝りながら部屋から出て行った。


「ちがっ!!!!!ローゼンタの花言葉はっ!」


グレイソンが言い終わる前に扉はパタンと閉まる。


「花言葉は...


終わりのない友情、だ。」


と、グレイソンの言葉は侍女には届かなかった。


「やはりご主人様も例外なく夜は狼だったのですね...!これは、侍女達にもしっかりと情報共有せねば!ご主人様にご結婚の兆し!ようやく春が訪れそうですと...!」


侍女はグレイソンの色香にあてられ、激しく心臓がときめいていた。あの鍛え抜かれた腕で、腰で、激しく求められたなら...と一日中ポーッとしながら過ごす事となった。


友情を形にしてくれたのであろう白虎に対し怒るに怒れない、周りにも説明しずらいグレイソンは1日中、居たたまれない気持ちで過ごす事となった。



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