101.寄り道回〜騎士団宿舎にて〜
寄り道回ですが、後に繋がる話です。
「マークさん、今日飲みに付き合って下さい...」
セトは騎士団の演習終わりにマークを誘った。
マークは久しぶりの誘いに、珍しいなと振り返る。
「ん?構わんが、珍しいな...おわ!?団長なんだから、シャキッとせんか!なんだその汗まみれな上に腑抜けた顔しおって!」
セトの異様な雰囲気に、ギョッとして大きな声を出してしまった。
「いや、鍛錬が足りないのだと気付き、最近は演習後に更に追加でランニングや模擬戦をやっていて...。」
「ん!?どうしたんすか?お二人とも飲みに行くなら俺もお供します!」
お調子者のコナーがそこに便乗した。コナーは実力だけならば、第2騎士団でセトとマークに次ぐ。が、性格はまさしく猪突猛進型である。そのゆるいウェーブのかかった髪は、訓練後の汗に毛先が濡れていた。
「コナー!お前、今日俺の相談に乗ってくれる約束だったじゃないか!」
コナーにカレブが怒る。彼は第3騎士団だが、コナーとは幼馴染だったため、セトやマークとも親しかった。
「お前も来ていつも通り4人で飲めばいいじゃん?」
コナーは飄々としていた。
「これ!セトの話の内容次第だろ!大事な話であれば、お前達は別で飲んでくれ!」
マークが慌てて会話を切る。
「えー!セト団長、大事な話なんすか?」
一応、コナーも敬語を使うが、セトの方がここにいる皆よりも歳下だ。
「あ、いや、そこまで大事ってわけじゃ...。」
と、セトはうっかり本音で答えてしまう。
「んじゃ、備品のチェック終わったらあとで団長の部屋行くんで!」
と、コナーは颯爽と去って行ってしまった。カレブは慌てて失礼します、と礼をするとコナーを追いかけて行った。
「いいのか、セト...。」
マークはチラとセトを見た。
「大丈夫です、ほんとたいした話じゃなくて申し訳ないくらいです。」
セトはうじうじとした様子で言う。団長らしい覇気のある雰囲気がどこかに行ってしまい、その様子は歳相応の若い青年でしかなかった。
「まぁ、たまには気を抜く時があってもいいのかもしれんな。良い酒を持って行ってやろう。」
マークはガハハと豪快に笑うと、豪快にセトの背中を叩いて自室へ戻って行った。
...
「お邪魔しまーす!そんで、どうしたんだよセト!」
コナーは私的な飲み会の場では、いつもセトには敬語は使わなかった。そもそもコナーの方が歳上で騎士としての経験も長いのだから、私的な場での敬語はやめてほしいとセト本人からもお願いされていた。
「コナー、他の部屋に響くだろ。ドアを閉めてからにしろ。」
後ろから来たカレブは、ゴッとコナーのあたまに酒瓶を乗せた。
「いでっ!はいはい、母ちゃん。」
コナーは不真面目に言葉を返す。
「誰か貴様の母ちゃんだ!マリアさんにお前のお目付役を頼まれてるだけだ!」
カレブは黒縁メガネの眉間の部分を人差し指で上げながら、コナーを睨んだ。
「全く母ちゃんも騎士団入ってまでカレブに何頼んでんだよ...。」
コナーはうんざりした顔をしながら座った。
「まあともかくカレブも座れ。今日は良い酒を持ってきたんだ。」
マークはカレブを手招きして、コップを渡した。
カレブはお礼を言ってコップを受け取る。
「で、マークさんはもうセトの話は聞いたんすか?」
コナーも調子良く、マークがコップを差し出す前に手を出した。
その様子に、カレブがコナーの両手をひっくり返し、水の入ったグラスを両手の甲にトントンッと乗せた。コナーはキョトンとする。
「反省しろ。」
「あ、え!?ひでぇええええええ!!!仮にも団長の部屋だぞ!こぼせねぇだろ!動かせねえし酒飲めねえ!おい!無視すんなカレブ!」
カレブはギャンギャン吠えるコナーを放って、酒を受け取るとセトの方を見た。
セトはこの騒ぎの中、机に突っ伏していたが、しっかりと酒の入ったグラスは持っていた。すでに顔が赤いので、マークの酒を飲んだのだろう。元々酒が強くはないセトなので、どの程度飲んだのかは読めない。
「いやー、カレブが来てくれて助かったわい。セトの悩みを聞いてやってくれ。俺はこの手の話はすでに遠い過去のことだ。話を聞いて酒を飲ませる事しかできん。」
マークは困ったように眉を下げたが、少し微笑ましいと言った表情をしている。
ということは、
「気になる女性でも?」
カレブはサラリとセトに尋ねる。
セトは騎士に関する事ならば、迷う事など滅多にない。己が信条と照らし合わせ、最適解を導いてゆくのみだ。
そんなセトがウジウジする事など想像に容易い。
「カレブさん...!既婚っすよね...?気になるってなんすか?女性って...もうわけわかんねえ。」
セトが顔を真っ赤にして、前髪をグシャリと掴んで俯く。
白亜の本屋で水浸しになった事件から、セトはアンを意識してしまった。それから仕事以外の時間はこんな調子が続いていた。
コナーは何とかして、手の甲に乗ったグラス達を無事に着地させようと試行錯誤している。ぐぬぬぬぬ!とグラスを着地できそうになったところで、カレブは元の位置に戻した。
「カレブひでぇえええええ!!!」
コナーがギャンギャンと吠える。
「俺の相談を軽んじた罰だ。」
カレブがニヤリと悪い顔でほくそ笑む。
セトはそんなコナーが視界にも入っていないかのように話し始める。
「俺、騎士団に入団したのが15で、女性で関わった事あるのなんて、侍女の方々とか食堂のおばちゃん達とか、街の子ども達とか...そんなんしか無くって...。
仕事が終わると、その人の事が頭に浮かんで仕方なくて。遠回りしたら会えるかとか、王宮に来てたりしないかとか、そんなんばっか馬鹿みたいに考えるようになってて...。」
うんうんと、ひとまずカレブは聞くだけ聞くことにした。
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