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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
100/139

100.ライフイズシンプル

いよいよ100話となりました。感想評価★★★★★ブックマークありがとうございます。



オリビア達から話を聞いた後は、二人の体調も考慮してすぐに解散となった。


オリビアの回復で、アンも希望を見出してくれたらしい。久しぶりに見る二人の穏やかな表情は、春の訪れを知らせる可憐な花びらのような暖かな希望だった。


それと同時に闇魔法の存在が明らむことになったのは、むしろ知らないままであるよりも、それこそ希望なのだと思いたい。


ヘンリーは、オリビアとアンが無事に眠りについたことたけ確認すると、自らは王家の保有する図書室へと向かった。


そこにある全ての書物をもう一度読み返すつもりだった。


ヘンリーの速読は、昔から尋常ではない速さだった。


1ページを左上から右下に向かって数秒で一気に読み、理解してしまう。魔法でも何でもない、ただの速読と記憶力・理解力の成せる技だ。


ヘンリーは歴史や魔法書、それこそ絵本に至るまで全ての文献を読み込んでいく。連日、本を捲る親指の腹に血が滲むほどに読み続けた。



魔法の本質について書かれていた事は、カゲから聞いていた事と同じ内容だった。


魔法といえど、どの属性も存在するモノを利用している。ある意味科学的だ。風魔法も水魔法も、全くの無から生み出している訳では無い。




だからこそ、フウ達は言葉として理解はせずとも、酸素や二酸化炭素の存在を知っていた。チャプは虹を作る時に必ず空中に水滴を作り出していた。チャプは魔法を使う時に、アンに「設計しろ」と言った。


その言葉こそが魔法の本質だったのだ。




とは言え、精霊達の使う魔法の中にはヘンリーにも理解しかねるものもあった。


まさに何もないところから生み出しているようなものも多々ある。


ヘンリーは、それも精霊の力とこの世界の物質を利用していた事を確証する。ここまではやはり想定通りだった。





だが、全ての書物を読み解いた後も闇魔法に必要な対価を明確な書いた一文は、見つからなかった。



「やはり見つからない、か...。」



最後の一冊を閉じた後、ヘンリーは頭痛と目眩を覚えた。


酷い目の痛みに眉間をぐっとおさえて図書室を出た。本から離れてみると、首や肩が固まってしまっているのを感じた。



だが、立ち止まっている場合ではない。


次のヘンリーの行き先は、人口僅かな小さな村だった。




...




「おはよう、アン。」


アンが朝目覚めると、オリビアがアンに駆け寄り、優しく抱きしめた。そして、櫛で優しく髪を梳いた。


「おはよう、お母さん」


アンは久しぶりに深く深く眠る事ができた気がした。魔道具で眠らされている間にも、恐れや不安で満たされた頭は、熟睡しているわけではなかった。


オリビアは徐々に顔色が良くなっていた。殆ど食事も取れずに長すぎる年月を過ごしていたが、昨日は無理矢理にでも身体を戻すべく食事を食べ切った。


アンはその姿を見る度に目が潤んだ。4歳の時から虚な目をした母しか見ていなかった。いつか治る、その希望は10年もすれば殆ど残っていなかった。


それでもいつか、と信じ続けていた。


そして今、きっかけは自分の命の危機だったとはいえ、母が目の前で笑ってくれている。


再び家族の幸せを取り戻したのだ。


アンはまだ自分の存在に怯え、あの日の出来事を忘れられたわけではなかった。だが、母に抱きしめられると久しぶりの心地よい安心感があった。


すると、オリビアは髪を梳きながら、そんなアンの気持ちを汲み取ったように話し始めた。


「あのね。お母さんにとってアンはアン自身であって、"魔法使い"という名の人間ではないわ。魔法はあなたの一部。ほんの一部でしかないのよ。」


アンはこの言葉に俯いて黙った。


すると、オリビアはやっぱり、と言うように眉を下げて話を続けた。


「18になるまで魔法に気付かず生きてこられたのに...


そればかりに目がいってしまったら、それはもうアンの人生ではないのよ?


お母さんはね、無視するのでもなく、"ただのアン"のまま生きてほしいわ。


他の人も同じような事を言ってくれたのではないの?」


「...気にしないようにするには、どうすればいいの?」


すると、オリビアは笑ってこう答えた。


「気にしないことよ!」


ふっとアンの肩が軽くなるのを感じた。気にしないコツは気にしないこと。馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、それが10代の女の子にはとても難しいのだ。


大人になって図々しくなるのはいい事だ。


すると、途中から部屋に入って来たエレンは、こうも付け加えた。


「もしも笑顔で過ごす人生を送りたければ、笑顔でいればいい。怒りたくないならば、怒らなければいい。気にしたくないならば、気にしなければいい。


アンが思うよりずっと、人生は簡単さ。」


「人生は...簡単...。」


「そう、アンはボンヤリしてるようで、何でもかんでも難しく考えるクセがあるんだよ。


難しく考えても簡単に考えても世界は何も変わらない。人生はシンプルでいいのさ。」


長く生きた者から聞いたその言葉は、アンの心に深く沁み込んだ。




アンは、母に聞きたい事が喉まで出かかったが、ぐっと飲み込んだ。


「アン、何か言いたい事があるのでしょう?言ってごらんなさい。」


オリビアはアンの頬に両手を添えると、お見通しよ、とばかりにニコッと微笑んだ。


「...っお母さんは...この15年間をどう...思っているの...?」


アンは母の顔色をうかがいながら言った。


「...そうね。この15年アンの成長を見られなかった事が悔しくて悔しくて堪らないわ。小さなアンに毎日辛い思いをさせて、目覚めた時には母親として情けなくて大泣きしちゃったわ。」


オリビアは悲しそうにしていても、微笑みを絶やさなかった。


「でもね、アンが産まれるときに精霊様にお願いした事が報われたのならば、それは自分で選んだ運命だったのだと思うの。


だから、私は1秒だって過去を変えたいとは思わない。アンがまた笑って生きていける日のために、私は眠り続けたのだと思えたから。」


オリビアはもう、悲しい目をしていなかった。強く誇り高い母の顔だった。


アンは、頬に添えられる母の手に、自分の手を重ね涙した。


15年も他人によって人生を滅茶苦茶にされた人間が、それを受け入れるのは容易なことではない。



しかし、オリビアにとってはそれが一番大切な者を守る事に繋がったのだから、意義のある時間だと思えたのだろう。


「アンも、きっとこの1年が無駄ではなかったと思う時が来る筈だわ。人生の始めから終わりまで、1秒だって変えたくないと思う幸せな人生を歩んでくれたらと思うわ。」


オリビアはまたアンを優しく抱き締めると、着替えるように促した。

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