76:捜査対象その一が言うには
まだ明るい時間帯とは言え、貧民街にわざわざ近づく住民は少ない。人影もまばらだが、いかにも訳ありな人々がひっそりと身を隠すように暮らしている場所だ。中には堂々と悪事を働く連中も潜んでいたりするので、やはり立ち寄らないに越したことはない。しかし、「訳あり」の筆頭であるリュードに会おうと思ったら、やはりここに来るより仕方が無いのだ。できるだけ大きな道を目立たないように行こう、とニコも己を奮い立たせてやってきたのだが、運良く貧民街に入る前の通りでリュードどバッタリ会うことが出来て助かった。これがもし主人公だったら、何かしらの事件に巻き込まれてイベントが発生している所である。我が身がモブで良かった。
特に用事があるわけでなく、いつものようにレインやニコを訪ねに行く途中だったらしいリュードを捕まえて、ニコはひとまず一休みできるスペースを探して大階段を登った。
「おかしな旅芸人?……ああ、俺のところにも来たな」
(やっぱり!)
道中、それとなく聞いてみると、やはり主人公はリュードの元にも訪れていたらしい。急な同時攻略とか。主人公はだいぶ無謀なことをしているように思う。
「何だか派手な髪の……確かに言動がちょっと変わってたな。妙に馴れ馴れしく近づいて来るから不気味に思ってすぐ撒いた」
「撒いたんだ……」
さすがはリュード。天使様を上回る健脚と頭脳、恐れ入る。
「そいつがどうした。賞金でもかかっているのか?」
「いや、そんな物騒な人物ではないと……思う、多分」
今のところは。とりあえず攻略対象キャラも、ニコ自身も被害には合っていない、一応。
「リュード、その……その、旅芸人の人に会った時、何か、感じなかった?」
「何か、とは?やはり何かよからぬ事がある人物なのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
一つ、ニコが気になるのは、主人公が攻略対象キャラのレインやリュードに接触しているにも関わらず、主人公の印象があまりに残っていないことだった。確かに、レインもリュードも、ゼルなんかに比べたらなかなか親密度が上がらない、攻略に根気のいるキャラではあるけれど、それにしたってもうちょっと初対面で距離を縮められて良さそうなものだ。実際、ゲームの中でも「初めまして」の段階でお互いの自己紹介くらいまでは済ましていたはずだ。
やはり、シナリオ通りに進んでいないのかもしれない。




