58:多分バレてない
しまった。
一瞬、表情に出してしまった。いくらでもとぼける方法はあったろうに。ニコは冷静を装いつつ、内心舌打ちした。
ゼルが四葉珈琲店にわざと置き忘れた指輪は、騎士団長の証として現国王から直々に授かった貴重なものだ。この情報は間違いないものだが、確かに、普通の庶民はその事実は知らない。逸話を知っていたとしても、ゼルの指輪を見てすぐ気がつくことは難しいだろう。
前世の攻略情報があったりしなければ。ニコのように。
しかし、記憶を辿ってみたがニコはわざわざ「現国王から賜った一つしかない騎士団長の証の指輪」などと言ってはいない、はず。
「どうして、って……貴族様が持ってらっしゃる指輪なんて、みんな高価で貴重なものなのではないのですか?僕は全く装飾品には興味無いですし、目利きじゃないのでさっぱりわかりませんが」
だからそうやって誤魔化すことも出来たはずだ。貴重な指輪だと知っていたわけではなく、貴族の持っている指輪だから貴重品だと判断した、ということだ。
「ふーん……まあ、そうなるよね」
ゼルはやはり納得してないようで、訝しげにニコを覗き込んでいる。
「僕みたいなのがその指輪を持っていたら、間違いなく盗品だと疑われるでしょう。今後はもっと持ち運びに注意を払って頂きたいです」
「あはは。確かに、そうだね。ニコがなかなかおとなしそうに見えて無鉄砲だってことがわかったからね。気をつける」
気をつけるも何も、同じ相手に同じ手は使えないだろうが。今後ゼルが意中の相手に同じ手を使って相手が戸惑ったり、逆に本当に指輪が行方不明になったりしないことを、ニコは切実に願った。
「さて、と。無事指輪も戻って来たし。ニコもそろそろ居心地がわるいだろ。扉まで案内するよ」
ゼルの申し出に、ニコは甘えることにした。一人では迷子になるか連行されるかが関の山である。
「待ちたまえ」
ゼルの背中を追って、ニコが歩き始めると、凛と冴えた声が行く道を遮った。




