39:到着
「到着です」
体感で一時間弱くらいだろうか。森を抜け、山道を上り、景色が拓けてきたと思ったら、とある館の前に到着していた。
古めかしく、歴史を感じる立派な館だったが、別荘というか、隠れ家というか。廃墟とは言わないが、あまり人の気配を感じない建物だった。
「今この建物はジェラルド坊っちゃまの持ち物です。この辺り一帯はかつての政敵一族が暮らしていたのですが、没落してからは国の管理下に置かれています。歴史的価値は高いのですが、いかんせん中心地から離れているので特にシーズンオフは人気がないのですよ」
「坊っちゃま……」
トム氏、恐らくものすごく優秀な人物なのだろうが、道中延々身の上話を聞かされてニコはぐったりしていた。慣れない馬車の揺れに酔ってしまってもいた。最初は様付けで呼んでいたのに、気がつけば坊っちゃま呼びである。結構くだけた人物なのかもしれない。
「まぁ若者は歴史的建造物よりビーチに行きたがるでしょうしなぁ。気持ちはわからないでもないですが、こうして歴史が忘れ去られてしまうのは嘆かわしいことです」
「はぁ……」
「といっても、私もジェラルド坊っちゃまがこちらに左遷されなければ好きで通ったりしませんがね。遠いし。地味ですし。陰気臭いですし」
(おいおい……)
あれだ、この人は優秀だけど口で身を滅ぼすタイプだ。間違いない。
「お喋りが過ぎるぞ、トム……」
「おや、坊っちゃま!そちらにおいででしたか」
「坊っちゃまはやめろ、坊っちゃまは……」
馬車を降りて玄関前でトム氏の話を聞いていたら、二階のテラスから声が降ってきた。
ジェラルドがこちらを見下ろして嘆息していた。やはり、トム氏のこの態度は通常運転らしい。ジェラルドの対応が慣れている。
「こんにちは!」
ニコが見上げて挨拶すると、ジェラルドは小さく微笑んだ。
「急な招待、悪かった。今の俺にできる礼は限られているからな。遠いし、地味だし、陰気臭いところだが、よければくつろいでいってくれ」
「おや坊っちゃま!確かに遠いし地味だし陰気臭いところですが、坊っちゃまが居ればそこはトムめの楽園ですぞ!」
結構根に持つタイプらしい。
とにかく、ここまで連れてこられたからには、しばらくはお言葉に甘えてくつろぐよりほかなさそうだ。




