2:いつもの朝じゃない朝
今日もまた朝が来る。当たり前のように。
目覚める。見慣れぬ天井。
上体を起こす。眠気まなこで辺りを見回す。
生成色の寝具。ベッド。サイドテーブル。ロッキングチェア。それらの家具だけでいっぱいになる狭い部屋。
サイドテーブルの上には、革張りの赤い表紙の手帳。かなり年季の入ったもの。育ての親である老紳士から譲り受けたものだ。
日々の出来事と、店の備忘録が淡々と綴られている、日記帳。
布団を剥いで立ち上がる。伸びをする。
二歩歩いて、カーテンを開ける。
晴天。
窓を開ける。
視界に広がる、空、海、山、街並み。
ショーンクラウド王国。
南はアンリー海、残る三方はヴィヴィ山脈に囲まれた自然の要塞であるこの国は、二度に渡る世界戦争の戦火を免れ、かつて「忘れられた国」と呼ばれていた。
中央広場から山側へ向かって伸びる大階段。
その先にあるショーンクラウド精霊教寺院は、観光地としても有名であり、「精霊教」の巡礼地でもある。
寺院にはこの国のシンボルとも呼べる時計台があり、その鐘は日の出と日の入りに、一日二度鳴るのだった。
部屋の窓からは、山際に段々畑のように連なる街並みや、港を行き交う漁船まで一望できた。
中流階級居住区の中でも、なかなか自慢出来る眺望を誇ると思う。狭いけど。
深呼吸をしたあと、窓を閉める。
部屋を出る。廊下も狭い。目の前の扉はトイレ兼洗面所。
「四葉珈琲店」の三階部分であるここは、店主の居住スペースである。
本来物置だったスペースに無理やり住むようにしたので、いろいろツッコミどころはあるけれど、概ね快適である。
扉をひらく。目の前は便器。
右側に手洗い場と鏡。
掃除は行き届いているが、どれも古びていて年代物だ。よく言えばレトロでアンティーク。
蛇口をひねる。顔を洗う。
鏡を見る。
灰色のマッシュヘア。
開いているのか分からないほどの細目は緑色。
色白の肌に目立つそばかす。
華やかさのまるでない、地味としか言いようのないルックス。
すれ違っても、覚えられない、背景に溶け込んでしまう、特徴のなさ。
これぞ、モブキャラ。
「私」の前世の記憶、すなわち、BLゲーム「ショーンクラウドに鳴る鐘は」完全攻略の知識を持つリスロマンティックなアラサー女子だった記憶が目覚めたのは、ニコ18歳、2月5日の朝だった。
その衝撃を想像してほしい。
朝、見知らぬ部屋で目覚め、窓の外に広がる景色を眺めた時のことを。ソッコーで「ショークラの世界に入り込んどる!!」と理解した我がヲタク脳を。背景(世界観)で気づくあたり私もそんじょそこらのヲタではない。
同時に、前世の「私」自身の記憶が曖昧な反面、「ニコ」の記憶が脳内になだれ込んできた。確かに「私」は「ニコ」であり、ニコとして生きた18年の記憶が、確かに存在していた。
そして、その記憶を辿る中で、もうひとつの衝撃に遭遇する。
「私」の推しと「ニコ」が幼なじみである、ということを。