33:騎士団長のオフの過ごし方
「いや〜参ったよ。朝イチで宿舎を出たのに、小一時間迷うんだもの。辺りの人達に道を尋ねてみても誰もピンと来てなくてさぁ。最終的には君の名前を出して家を教えてって聞いてようやくたどり着けたからね!」
いやプライバシーよ。中流階級居住区は、まあみんなだいたい顔見知りだし個人情報も筒抜けだろうけども。
戸惑うニコをよそに、ゼルは玄関から一番近くのカウンター席に腰掛けながら、ここまでの道中を恨みがましげにぼやいている。
「四葉珈琲店、って、その名の通りだよね?カフェなのに、誰も知らなすぎじゃない?売上厳しいの?」
近い。一番キッチンに近くの席から覗き込んでくるので、ニコはちょっと引いてしまう。
ゼルの今日の服装は、騎士団長の甲冑ではなくかなり軽装だった。涼し気な麻のシャツに細身のズボン。この姿では、ひょっとしたら騎士団長だと気付かれないのではないだろうか。
「いえその、この店は、半ば僕の趣味というか……」
ゼルがすごい勢いで一気に喋ってきたので、ニコはどこから答えたらいいやらで口ごもってしまう。
「一応、店の体をとってますがほぼ住居ですし、お金を稼ぐ必要もないので……実際、騎士団長が本当に久しぶりのお客様で……」
「ゼルでいいよ。今日はオフだから、騎士団長じゃないし」
「いやいやいや、そういうわけには!」
何言ってるんだこのお貴族様は。さすがに年上で、役職持ちのお貴族様を呼び捨てにできる庶民は存在しない。騎士団長は、やはり相当な変わり者らしい。ラフにもほどがある。
「えー、休みの日に騎士団長って呼ばれるの、休んだ気がしないから嫌なんだよねー。じゃあさ、周囲に誰もいない時は名前で呼んでよ。それならいいでしょ?俺が許可してるわけだし」
「はぁ……」
なんなんだその、二人っきりの約束、的な……。ゼルとしては深い意味は無いのかもしれない。実際無いのだろうけど、こちとらBLゲーム脳の持ち主なのである。勘違い、というか深読みしてしまう。
「いいでしょ、ニコ。俺の休暇に協力してよ、ね?」
「……分かりました」
ゼルの朗らかな強引さに、ついにニコも折れてしまう。
「あ、出来れば敬語も無しで」
また、無茶を言う。
「……お客さんにそれは難しいです」
「えー?じゃあお店以外で二人きりのときは名前で呼んで、敬語なしね!」
「どうしてそうなるんですか!?」
完全にゼルのペース。急すぎて反応に困る。
なんなんだ。やっぱりこれは、最初から友好度向上イベントか何かなのか?発生してしまってるのか?そもそも出会った時から友好度が高いタイプのキャラなのか?いや、そもそも出会って翌日にここまで友好度を上げた記憶はない。急展開すぎる。
「そんな状況、ありえないです」
「そんなの、わからないじゃん。先のことなんて、これからの行動次第でどうとでもなる」
ゼルは怪しげに微笑んでみせる。
そう、恐らく、ゼルは朗らかで爽やかなだけじゃない。ゲームをやっているから、わかる。
しかし実際に目の前にしてみると、こうも振り回されるものだろうか。前世で予習していなかったらどうなっていたことか。
「……ゼルが今日お休みで、そんな貴重な時間を割いてこの店にコーヒーを飲みに来てくれたことはわかりました。でも、一体、何故?」
ニコは観念して、ゼルに問うた。
わざわざ休日に、朝イチで、小一時間迷ってまで。
「うーん……君に興味があるから、かな」
なんだかやっぱり口説かれてる気がしてきたニコなのだった。




