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29:願い

「あいつの気持ちも考えてやれよ」


結局、微妙な空気のまま解散になって、レインとは診療所前で別れた。

いつものように、途中までリュードと並んで歩いていると、ボソリと呟く声が聞こえてきた。


「どういうこと?」


「わかってるんだろ?あいつにとって、お前は特別だ。妹と同じか、それ以上か、家族みたいに大事に思ってる」


「……そうなのかなぁ」


ニコは誤魔化すというより、自問自答に近い様子で呟いた。確かにニコにとってもレインの存在は特別だ。幼なじみだし、推しだし。でも、やっぱり赤の他人で、一定のラインは絶対にあって、それ以上は踏み込んでほしくない気持ちも揺るぎない。


「そうだったら、ちょっと、困るなぁ」


「困る?」


もちろん、困る。リスロマンティックは両思い拒否だ。両片想いは辛うじてありだけど。こちらが想ってる分は楽しいけれど、相手の気持ちがこちらを向いたら引いてしまう。天邪鬼。性格悪。自分を責めたこともあったけど、自覚してしまった以上、仕方がない。これが自分なのだ。


「もしもリュードが僕の立場だったら……困らない?」


ニコの言葉に、リュードは一瞬、思案顔になった。そして、


「……困るな」


「でしょ」


察してくれたようだった。

リュードは優しいし、強いし、王族だし、観察力もあるし気遣いもできる良い奴だ。でも、どこか距離がある。それは、別にニコやレインやチェルシーを嫌いとか信用してないとかじゃなくて、これ以上は踏み込まない、という境界線がハッキリしているタイプなのだと思う。戦争という理不尽で、祖国を失い放浪の身であるリュードと立場は全く違うけれど、人との付き合い方が似ている気がする、とニコは思っていた。


「僕はレインのことが好きだし、大切な存在だけど、僕の人生は僕のものだから、介入し過ぎてほしくないのが本音。僕は冷たいヤツなのかな」


「いや、どちらかというと俺もお前に同意ではある。いつ何がおこるかわからないし、いつまでここにいられるかもわからない。荷物は軽いに越したことはない」


「僕もそう思う」


「お前、いつも、ぼーっとしてるくせに、極たまに鋭いところ突いてくるよな」


「どうせぼーっと生きてますよー」


リュードは小さく口の端を上げて笑った。珍しい。


「リュードはいつまでこの国にいるの?」


「わからん。……今のところは、な。すっかり居着いちまったが、いつまでもはいられないだろうな。一時、母国の生き残りが、俺を頭に据えて下克上を企んでるなんて話もあったんだが……いかんせん、この平和ボケの国でぼーっとするのがうつっちまったからな」


「いいじゃん。ぼーっとしてても。まだまだ居なよ。ずっと居なよ。せっかく知り合えたんだし」


「まあな。俺も戦争は懲り懲りなんでね」


リュードはしみじみと呟いた。

そう。こんな淡々と並んで話す帰り道が、ずっと続けばいい。レインとも、リュードとも、今日みたいな毎日が、淡々と、ずっと、変わらず続いて行けばいいのに。

変わらないものなんてないとわかってはいるけれど、ニコはそう願わずにはいられなかった。

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