25:そして、嵐は去っていった
「ゼル、お前な……!俺一人捜索するのに国家権力を使うな!」
「あはは。そう言われると思って、今回はオレの単独行動だよ。ちゃんと業務外でーす」
「だったら王国騎士団長の鎧も脱いで、徒歩で来い!」
抗議するジェラルドが声を荒らげるがどこ吹く風、朗らかに笑いながら、赤毛、赤い甲冑、もちろん長身イケメンでめちゃくちゃ目立ちまくっているゼル騎士団長様は、全く悪びれる様子は無かった。ショーンクラウド王国騎士団は全員が赤い甲冑な訳ではなく、団長であるゼルの甲冑のみが赤い。つまり、赤い甲冑で出歩けば確実に身バレしてしまう。ゼルは多分、わかっててやっている。
「ひどい言い草だなぁ。長年の友人のよしみで、一銭にもならない酔っ払い貴族の捜索を自ら買ってでたって言うのに」
ジェラルドはぐっと口ごもる。昨日からの自らの失態を思えば、言い返せないのも最もである。気のおけない友人同士の問答を見守りつつ、ニコは苦笑いを浮かべた。
「夜明けの鐘が鳴る前からこちらは探してたのになー。見つからないわけだよなー。まさか中流居住区に匿って貰えるような友達がいたとはねー」
「友……いや、ちがっ……これは成り行きで……だーっ!もう、俺が悪かった!すまん!」
観念してジェラルドが先に折れた。弱い……しかし今回ばかりは、100パー、ジェラルドが悪い。
「そうやって謝られるの、何回目かなー。聞き飽きたよなー。もういい加減一人で深酒するの止めてほしいよねー。なんで酒に弱いのわかってて繰り返すのかなー、馬鹿なのかなー」
ひどい言われよう。だんだん、ジェラルドが可哀想になってきたニコなのである。馬上からマウントを取られまくり、だんだん小さくなって行くジェラルドを見て満足したのか、ゼルはふと、ニコに目をやった。バッチリと目が合ってしまい、反射的に身構えてしまう。
ゼルは貴族の出でありながら騎士団長を務める変わり種だが、品がありながらも親しみやすい人柄で庶民からの人気も高い。今も、ギャラリーには若い女性が多く、黄色い声を上げたり、手を振ったりしている者も多い。が、いくら親しみやすいと言えど、メインキャラはメインキャラ。格が違う。見つめられたモブキャラの心境は、蛇に睨まれた蛙、である。
「君、名前は?」
「……ニコ・キッドソンです。その路地の奥の、四葉珈琲店の者です。昨晩は、勝手に、その、家にお連れしてしまって……」
「いや、ありがとう、ニコ。君がジェラルドを保護してくれて助かった。感謝する。俺はコイツを連れて帰って報告しなければならないから、今回の礼は改めて伺うよ」
「いや、あの、本当に気にしないでください!」
言っても無駄だと分かっているけれど、ニコは言わずにはいられなかった。ジェラルドを手助けして知り合ってしまった上に、ゼルとまで邂逅してしまった。
今回のことが、これからどんな影響を与えてしまうのか。ニコは身震いした。
「ではまたね、ニコ」
さわやかに微笑んで、ゼルは意気消沈しているジェラルドの手を引いて、馬上に運び上げる。
そのままギャラリーに手を振り、歓声に答えながら、広場をぐるりと一周すると、そのまま上流居住区に続く階段を駆け上がって行ってしまった。
嵐のあと。
どっしりと急に疲労感が押し寄せて来て、ニコはその場にへたりこんでしまった。
そんなニコに、近くにいたギャラリーの一部、いつも広場周辺で会う顔見知り達が駆け寄ってきて、何事だ何事だと詰め寄って来た。右から左へそれらを受け流しながら、全く予想がつかない今後の展開に思いを馳せていた。




