20:メインヒーロー、目覚める
翌日。
日の出を告げる、ショーンクラウド教会の鐘の音が鳴り響く。
鐘の音とともに、もしくはそれより早く起きるのはだいたい精霊教関係者か敬虔な信者のみで、大抵の住民にとっては目覚ましの代わりにはならない。
それはニコにとっても当てはまるのだが、昨日はあの後疲れきってシャワーを浴びたらそのまま寝てしまったので、思いがけず朝の鐘の音で飛び起きる羽目になってしまった。
簡単に身支度をして、恐る恐る、一階に降りて行くと、やっぱり、ソファで見慣れない金髪の長身が寝こけていた。いや、そりゃそうなのだが、未だに夢じゃなかったのかと疑う気持ちも捨てきれなかったりして。
抜き足差し足、歩み寄って覗き見ると、昨日よりは幾分か穏やかな寝顔だった。
安心したような、呆れたような。ニコは嘆息した。
「……お腹空いたなぁ」
昨日は食事どころじゃなかった。
何か食べよう。コーヒーを飲もう。まずはそれからだ。
ニコの料理はだいたい勘と目分量である。だからついうっかり、作りすぎてしまう。だから毎日お裾分けに奔走する羽目になるのだが、焼きあがったパンケーキが10枚を越えたあたりで、あ、またやっちまった、と気づいた。遅すぎる。ニコは小柄なわりによく食べる方だが、それにしたって多い。まだパンケーキのタネはボウルに半分近く残っている。
「うーん、これは今日の差し入れ決定だけど……レインもリュードも甘いのそんな得意じゃないよなぁ……野菜とかお肉サンドするか……」
ニコがあれこれ思案していると、ようやく、ジェラルドが起きたようだった。もぞもぞと上体を起こすと、ぼんやりと辺りを見回している。
「体調はどうですか?」
キッチンからニコが問うと、ジェラルドと初めて目が合った。ニコの存在に今気づいたらしい。
「ここは……、お前は、誰だ?」
不遜な物言いだが、ニコは平然としていた。むしろ内心は「キター!」だった。というのも、実際のゲーム中のジェラルド邂逅イベントと同じ第一声だったからだ。場所、背景と相手は違うけども。
「ここは四葉珈琲店。僕の親が経営している喫茶店です。今は不在ですが。僕はニコ・キッドソンと言います。あなたは、この辺りの方ではありませんよね。中流階級居住区の人達はだいたい顔見知りですので。失礼ですが、上流階級居住区の方かとお見受けしますが、昨日のことはどこまで覚えていらっしゃいますか?」
ジェラルド・ジョリーは、現国王の弟君として名前を知ってる庶民は多いだろうが、さすがに一目見て認識できる庶民はいないだろう、居たら刺客か何かと怪しまれるに違いない。なので、ニコはすっとぼけることにして、慇懃無礼な応対をする。
「昨日……昨日は、確か……別邸の近くの店で呑んで……ああ、そうか。俺はまたやらかしたのか」
理解が早くて助かる。
さすが公式設定、成績のいいアホの子。
記憶はないようだが、呑んで記憶が無くなるのは初めてではないらしい。
「お節介かとは思ったのですが、何分、どこにお連れしてよいか分からず、我が家へお運びした次第でございます。どうか、ご無礼をお許しください」
ニコは、まぁこんないかにもセリフめいた言葉を噛まずにスラスラ言えたもんだと笑ってしまいそうになったが、ジェラルドはいたく感心したようだった。ニコを見る視線が幾分か和らいだ気がする。
「許すも何も……。すまない、よく覚えていないんだが、ニコ……と言ったか?ニコ、昨日はひどく迷惑をかけたらしい。助けてくれたこと、感謝する」




