25-17
「これでアタシたち、現実世界に帰れるのねっ」
俺とセレナもタブレットのログアウト画面を開く。
クラリーチェと同じく、俺たちのタブレットもログアウトが解禁されていた。
「さっそくログアウトしましょっ」
「待て」
セレナがログアウトのボタンをタッチしようとしたのを俺が止めた。
「どうしてよ」
不思議そうな顔をしていたセレナであったが、すぐにその理由に気付いたようだった。
……エミリエルがしゅん、とさみしげな表情をしていた。
「トキヤくんたち、元の世界に帰っちゃうんだね」
「エミリエル……」
「さみしいけど、しょうがないよね。トキヤくんやセレナちゃん、クラリーチェちゃんにも家族がいるんだもん。わたしだってコルデリアたちに会えなくなるなんてイヤだし」
エミリエルは自分のタブレットを取り出して指を動かし、操作する。
「ここ、転移機能が使えるみたいだから、わたしも村に帰るね」
「ありがとうエミリエル。俺たちに力を貸してくれて」
「てへへ。わたし、大活躍だったでしょ」
「ええ。エミリエルのおかげよ」
えっへん、とエミリエルは胸を張っていた。
それから天真爛漫な彼女にはあまり似合わない、しおらしい微笑みを浮かべる。
「じゃあ、『またね』」
エミリエルと約束したのだ。
この世界からログアウトしても『また』会いにくると。
だから俺たちもこう返事をした。
「ああ。またな」
「また会いましょう、エミリエル」
「またみんなで冒険しようね、エミリエルちゃんっ」
「うんっ――あっ、そのまえに」
エミリエルが俺に近寄ってくる。
そしていきなり――
ちゅっ。
俺の頬にキスをした。
「なっ!?」
「大好きだよ、トキヤくんっ」
顔を赤らめるエミリエル。
「『エンチャント』ができるわたしとトキヤくんって、運命の相手同士だよねっ。そうだよねっ」
「い、いや、それは……」
俺はおそるおそるセレナのほうを向く。
セレナは飽きれたようすで俺をジトっと見ていた。
「今回だけ許してあげるわ。今回だけ」
「なっ、なんでセレナの許しがいるんだよっ」
「だってアタシたち、結婚――あーっ、もういいわっ」
「それじゃ、ばいばーい」
エミリエルがタブレットをタッチする。
刹那、彼女の姿が光の粒子となって消えた。
転移したのだ。
最後まで驚かせてくれるな、エミリエルは……。
「さて、と」
残されたのは俺とセレナとクラリーチェの三人。
俺はセレナとクラリーチェを見る。
「俺たちも帰るか」
「そうね」
「ねえねえ、ログアウトするときは『せーの』でしよっ」
クラリーチェがそう提案してきた。
「いいわね」
「合図はトキヤくんにお願いするねっ」
「お、俺か?」
俺は自分を指さす。
セレナとクラリーチェは「そうっ」とそろってうなずく。
「な、なんか気恥ずかしいんだが」
「なに言ってんのよ。大事な役目なんだから、噛んだりしないでよ」
「……わかったよ」
俺とセレナとクラリーチェはタブレットを手前に出して互いにつき合わせる。
それぞれのタブレットにはログアウトの画面が表示されている。
――ログアウトしますか?
あとは『はい』をタッチするだけで、俺たちは『ハルベリア・オンライン』から解放される。
そう考えると、なんだかあっけない。
「ねえ、トキヤ、クラリーチェ」
「ん?」
「どうしたの? セレナちゃん」
「このゲーム、案外悪くなかったわよね。ファウストには勢いでクソゲーとか言っちゃったけど」
「うんっ。すっごく楽しかったっ」
「また遊びたいな。もちろん、いつでもログアウトできるならな」
「ミカさんやマルガレーテさん、それにルンたちにもあらためてあいさつにいきたいしね」
「俺たちが魔王を倒した、って?」
「あったりまえじゃない」
「今頃みんなもログアウトしてるのかなー」
「きっと街は大騒動だろうな。他のプレイヤーからすれば、いきなりログアウトが解禁されたんだから」
「どうにかしてアタシたちの手柄ってこと、宣伝できないかしら」
「俺たちだけが知っていればじゅうぶんだろ」
「トキヤってば欲がないわねー。そんなんだからずっとレベル1同然なのよ」
「そっ、それは関係ないだろ!? まさか、結婚指輪が装備できなかったの、まだ根に持ってるのか?」
「どうかしらねー」
「ふふっ、やっぱり仲良しだね。トキヤくんとセレナちゃん」
「そんなことよりトキヤ。さっさと合図を出しなさい」
俺とセレナとクラリーチェ。
三人はそれぞれを見つめ合う。
二人とも心の準備はできている面持ちだ。
なんだか胸がドキドキしてきた。
自分の胸に手を当て、心を落ち着かせる。
深呼吸する。
心臓の鼓動がだんだんともとに戻ってくる。
やがて凪いだ海のように心が穏やかになる。
そして言った。
「せーのっ」
俺たち三人は同時に『ログアウト』をタッチした。




