80.だって怖いし
「落ち着いたかい?」
男性の声のお姉さんは僕の背中をさすりながら心配そうにしている。
「…はい、もう大丈夫です」
お姉さんは僕の異様な姿を見ても嫌がったり怖がったりしなかった。
そんな当たり前だったはずの事が今ではとてもうれしく感じる。
「ごめんなさい、手当てしてもらった上に美味しいものを食べさせてもらって」
「ああ、これはありがたい事なんだ。しっかりとお礼を言いなさい」
お姉さんはにっこりと笑うと僕の頭をくしゃくしゃになるほど撫でた。
これは…懐かしい感じがする…?
「…はい」
「よし、じゃあ安静にしているんだぞ?」
お姉さんは兜をかぶり直してドアノブに手をかける。
「行ってしまうんですか?」
とっさにお姉さんを引き留める言葉がでてしまった。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかないのに…
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ」
「…わかりました」
そう言われてしまえばこれ以上引き留める事はできなかった。
カチャ
「あ…」
行ってしまった。
寂しくは…無かった。
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「姫様」
「起きましたの?」
月と街灯がタラナタラスの街を暗く照らす中、路地裏で傅いて姫様の問いに答える。
「はい」
「思っていたより早かったですわね」
姫様は一人ふつふつとつぶやき始める。
なにかこの件に関してお考えがあるのだろうか?
「やはり……あの資料を…?そうすれば……」
「あの…どうかなさいましたか?」
姫様はハッとしたようにこちらに向き直る。
「ごめんなさいね、少し考え込んでしまいましたわ」
「いえ…お気になさらず。…私で良ければ何なりとお申し付けくださいね」
姫様は少しの間をおいて言葉を発した。
「…ええ、ありがとう」
傅いているので表情は見えないがきっと微笑んでいる…のだろう。
「そういえば姫様、何故私たちとは別の宿にお泊りに?有事の際に駆け付けるのが遅れてしまう距離です」
私の問いに姫様は先ほどと全く変わらない声のトーンで答えた。
「だって怖いしそれに、危険ですもの」