74.薬草…か
「これが…契約内容…ですか?」
古い本の香りがする木製のログハウス内で身体に苔の生えた一際古い蜘蛛が契約内容の記された紙面を観て流暢に話す。
「そうだ。遵守するように」
「以前の契約と殆ど内容が変わっていないように思いますが…」
…実は今回交わした隷属契約は殆ど以前の共存契約と変わらないのだ。
追加された掟は[人間からの協力要請が有れば否応なく従う]である、俺とて彼等に生活や命がある事を知っている。
できる事ならば全てが幸せになれれば良い…それが難しい事は分かっているが、伸ばせば届く距離に在るのならば…どうにか幸せになれるように施してやりたいのだ。
「不満か」
「いえ、ありがとうございます」
きっと、蜘蛛の民も人間側についた方が良いと理解しているのだろう。
「そういえばエルザスヘイムでは高所作業を出来る人材が少なくて困っていると言っていたな」
「…ならば早速我々の出番ですかな」
古い蜘蛛は若い蜘蛛達を連れてエルザスヘイムの方へと向かっていった。
これをきっかけにエルザスヘイムの連中とより良い関係が結べれば安泰だろう。
「ねェ…ニタは本当に人間サンを襲ったノ?」
聞き覚えのある声を発する蜘蛛がログハウスに入室した。
「ああ」
「そう…ゴメンなさいね…勘違いして襲ったりしテ」
薄い紫色の髪を生やした頭を下げる。
「私だって知人の死骸を持った魔族が現れれば…殺すだろうさ」
今回の件に関してはそれをついでに利用した為、罪悪感がある。
「ニタが怪我した時かラ…薬草を持っていっテモ全然治らなくテ…いつかは死んじゃうんだっテ思ってたケド…やっぱり悲シイみたいネ…」
「薬草…か」
薬草とはあの麻薬の事を言っているのだろうか?だとするとエルザスヘイムで起きた一連の騒動の真相は本当に俺の思った通りかも知れない。
…ニタはエルザスヘイムを落とす為に管理人であるヘイセウを洗脳し、麻薬を合法化させエルザスヘイムを内部から腐らせていった。
そしてエルザスヘイムの自衛力が落ちて周辺のモンスターが繁殖し、自身が襲われ目と脚を1本やられたのだろう。
行動力が減衰したニタは自身で回収できなくなった麻薬を替わりに、目の前の薄紫の髪を生やした蜘蛛に薬草と偽って回収させた……そこまでしてあと一歩の所で姫様の御活躍により計画が破綻した。
それに逆上し、我々に襲いかかった。
ニタがそこまで必死になってエルザスヘイムを落とそうとした理由があるはずだ、ただの私的な理由かも知れないが…もし…より強力な魔族に命令、もしくは脅されて今回の一連の騒動を巻き起こしたとしたのだとしたら……危険だ。
「人間サン、どうかしタ?」
「いや、何でもない私はそろそろ出る。くれぐれも契約を遵守するように」
間抜けな面をした蜘蛛を横目にログハウスから退出する。
早く姫様と合流しなくてはならないのだ。