69.理由もなしに
エルザスヘイムを出た後俺達はある程度整備された森をひたすら歩いていた。
近くで動物の死体でもあるのか異臭が少しだけする。
足元に出張った木の根は無いが、落ち葉が大量に蓄積しており少々足場が悪い。
「姫様、足は痛くありませんか」
「大丈夫ですわ」
姫様は何処か上の空…というか集中なさっているのだろうか?
道の先をじっと見つめていらっしゃる、変わりゆく景色を見るでもなく。
「どうかなさいましたか?」
カーンも気が付いていたのか姫様に尋ねる。
「来ますわ」
「敵ですか?お下がりください」
うなじのあたりがぴりぴりとする緊張感を感じる。
とっさに姫様の前に盾を持った左手を出していつでも守れるようにカバーする、そして反撃する為に右手で直剣を構える。
「本当に敵ですか?」
カーンはそう言いながらも抜剣して姫様の背後を守る態勢を取っていた。
…騎士は警戒さえしていれば、突然銃で撃たれたとしてもその弾丸を躱す事が出来る。
まぁもっとも、それが証明されてからは銃は殆ど流通しなくなったので今どき銃を使って強襲するような輩はいないと思うが。
「はァ…まったク…予知能力でモあるのかな?」
何処からか声が聞こえる。
独特な声だ、この独特な声を発する声帯を持つ生き物といえば…
「蜘蛛の…民か?」
カーンが小さく呟いた。
それより蜘蛛の民だと?協力関係にあるはずだ、敵では無いのでは無いか?
「何のようだ…通行の連絡はしてある筈だが」
この落ち葉の森など他の協力関係にある種族が暮らしている場所を通る時はお互いの為に連絡を取る必要がある。
勿論今回も連絡した筈だが。
「知ってル、いやァ…諜報しなくてモ情報がくるのはイイコトだネ」
気持ち悪い喋り方しやがって…挑発でもしてるのか?
「それで、何のようだ。理由もなしに私達の行動を邪魔するようならば…」
「邪魔するようなら…ナニ?人間が3人いたところデ、ぼくが困ル事にはならないと思うけド?」
クスクスと笑い声が森に響く。
「(カーン、重装騎士である俺なら勝てる。お前は姫様を連れて先に次の街へ行っていてくれ」
「(任せてくれ、カロン死ぬなよ」
カーンは姫様を静かに抱き抱える。
「あら?」
「姫様、失礼いたします。」
カーンは防護魔術を姫様に行使したようだ、流石の練度だ。
「ンン?戦うの?苦しんデ死ぬよ」
「先の街で待ってる」
バッ…と落ち葉が吹き荒れた後、既にカーンと姫様の姿は無かった。
「なッ…騎士だったのかアイツ。ソレで1匹此処に残ってどうすんノさ?」
「さぁな、お前こそこんな事をしてどうするつもりだったんだ?」
クスクスと笑い声が聞こえる、気分の悪い声だ。
「仕返シだ」
とっさに声の方向へ盾を向ける。
ガギィ
腕に振動が伝わる、余りの衝撃に周辺の落ち葉が吹き飛ぶ。
「お前もこいつらト同じ二してやるヨ」
蓄積された落ち葉が無くなった素の地面は赤黒く染まっており今まで埋まっていたであろう腐乱死体が露わになっていた。