56.よく聞いて下さいまし
「サリン様、お身体は大丈夫ですか?」
姫様はここまでほとんど休まずに転移魔術を使用し続けている、流石に心配になり声をかけた。
「…大丈夫ですわ。このままナレの元へ飛びますわよ」
姫様は額の汗をハンカチで拭き取ると次の目的地を定めなさった。
心配だが姫様が大丈夫と仰られる以上俺は騎士として何処までもついて行くだけだ。
「…行きますわよ」
姫様が俺に触れた瞬間に眼前の景色が変わる。
目の前にはベッドに腰掛けたナレが少し驚いた様子で此方をみている。
「サリン様!大丈夫ですか!?顔色が悪いです!いますぐお医者様に見せないと…!」
焦るナレが姫様に寄り添う、姫様は先程より確実に具合いの悪そうな顔色をしていらっしゃる。
心配で心臓が潰れそうになる。
「ナレ…よく聞いてくださいまし」
ぐったりした様子で姫様は懸命に話してくださる、それをナレはうっすら涙を浮かべながら必死に聞こうとする。
本当ならば今すぐにでも姫様を抱き上げ医者の所へ向かいたいが、おそらく姫様には何かしらのお考えが有られる……だから今は耐えるしかない。
「サリン様…?」
「ヘイセウはもう人間では有りませんわ…」
「…え?そん…な…じゃあサリン様がこんな事になったのも全部…」
ナレは小刻みに震えている、怒りに全身が支配されている様だ。
「ええ…ヘイセウに攻撃されましたわ…彼は強い、きっと力を解放した貴女しか勝てませんわ…」
「…絶対に許しません…私の恩人にこんな酷い事をして…」
ナレはポケットから黒い玉を取り出す。
「わたくしがヘイセウの元へ貴女を転移させますわ…どうか、街を救って下さいまし…」
姫様はナレの手を取る。
「待ってて下さい。必ずこの街は私が救いますから…!」
そして次の瞬間、部屋からナレは消え失せた。
「…さて、あとは少し待つとしますわよ」
姫様は何事も無かったかの様に立ち上がりドレスの埃を払われる。
「姫様は演技もお上手なのですね」
俺が姫様の演技を賞賛すると姫様はニッと微笑む、可愛らしい笑みだ。
「ええ、得意ですの」