34."ソレ"は目立つものね
エルザスヘイムは人の出入りが多い為、宿屋は良く儲かる。
仕事もそこまで苦では無い、大きな剣を持った冒険者や変わった衣装の旅芸人など見てるだけでも飽きない人達が利用してくれるからだ。むしろ働いていて楽しい。
そんな人達に冒険の話や他の街の話を聞かせてもらうのが密かな楽しみだったりする。
「これで良しっと」
私は床の掃除を終えて、掃除道具を片付ける。
カランカラン
お客様だ。さて今回はどんな人が訪れたのだろうか?
「宿屋ハルノールへようこそ!」
凄い…!全身鎧に包まれた人だ。相当お金持ちなのかそれとも騎士様なのか…
「一番良い部屋を1つと適当にその部屋に近い部屋を一部屋。とりあえず1日で頼む」
「はい。かしこまりました。有料になりますが、夕食はどう致しましょう?」
「…どうなさいますか。サリン様」
全身鎧の人の背後から少女がひょっこり現れた。なるほど、全身鎧の人の真後ろにいたから見えなかったのか。…にしても随分と仕立ての良さそうなドレスを着てるなぁ…ここまで良いドレスはそうそう見ない。
「いりませんわ、先約がありますの」
「かしこまりました」
あ。わかったかもしれない。多分このサリン様って呼ばれてる人は貴族様なんだろう。そしてこの全身鎧の人が護衛の騎士様かな?
「こちらが部屋の鍵になります。ごゆっくりどうぞ」
2部屋分の鍵を渡す。
「ありがとう」
二人は迷わず部屋に向かっていった。あ…せっかくだから騎士様からサインを頂いておけば良かった。
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騎士とは…極一部の極めて優秀な者しかなる事が出来ない非常に強力な存在である。学力、生活力、戦闘力全てが揃っているのだ。それ故に普段様々な要因で騎士のお世話になっている民衆からはスターの様な扱いを受けるのだ。
「はぁ…」
「カロン大人気ですわね」
カロンは宿屋に来るまでの間に計7回ほど「騎士様ですか!?サイン下さい!」と迫られていた。
「サインを書くのは良いのですが、何とも気恥ずかしいものです」
「"ソレ"は目立つものね」
"ソレ"。サリンが指差すカロンの重装鎧は事実超目立つのだ。
修繕の魔術によって自動的に傷が治る鎧は常に人々の目に美しく映る。
背中に背負っている盾も珍しい形をしている、攻撃を防いだときに相手の武器が盾に引っかかるようにフチに凸凹があるのだ。
「…サリン様に目立たない格好をして頂きながら、私自身が目立つ格好をしていて申し訳ありません」
カロンは立ち止まりサリンに頭を下げる。
「謝らないで下さいまし。むしろ私のためにずっと重い鎧を着て下さってありがとう」
サリンはカロンの肩に手を置いて微笑みかける。
「サリン様…!必ずやお守り致します…!」
普段気遣われる事の少ないカロンにはこの言葉が深く深く心に留まるのであった。