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騎士と狂姫は歩く  作者: 御味 九図男
第8章:足を止めて
226/226

226.帰るだけ、ですの?


「整列!休め!!」


 ザッと子気味良い音と共に”訓練生”達が一斉に休めの姿勢をとる。


 サリン様が発された今後の魔族への対策の効果が出ているのか今年の訓練生の数は前年に比べて多い。


 当然だが今年発表したばかりである重婚の推奨が効いている訳ではなく、それ以外の様々な変化に伴うものだ。


 給金が増えたり様々な保証がついたりしたのだが…まぁいうまでもなく一番効いたのはサリン様の演説だろう。


 あれ程騎士であることを誇りに思えた瞬間はそう無い。


 …それから半年たった今、俺はこうして訓練生達の指導の一部を担っている訳だ。



「良し、ではこれより半刻補給とする。軽装騎士候補生は見張りを忘れるな」


 ザッと子気味の良い音を立て訓練生式の敬礼をする。


 音のずれは殆ど無くなってきており練度を感じさせる。


 そしてすぐにほとんどの者が表情を崩してその場にへたり込み、へろへろになりながら背嚢から昼食を取り出し始める。


 疲労に塗れた顔だが、どこかやる気を感じさせる良い顔だ。


 そんな彼らを軽装騎士を目指している者たちがうらやましそうに見ながらそれぞれ見張りの位置につく。


 通常の騎士や重装騎士の訓練生と違い軽装騎士の訓練生は訓練中の昼飯時のみ少し時間をずらして補給をする。


 理由は簡単で補給中に襲われないためだ。


 あまりにも当たり前の事だがこうして訓練として頭に入れさせなければいざという時に忘れがちになるものだ。


 慣れれば食事中でも常に周囲を警戒できるようになるのだが…まぁそこまでは求めてはいない。


 一人でできない事は皆でやればいい…俺も一応それを学んだつもりだ、一応な。



「…」



 訓練生を見渡す。


 一人で黙々と食べ進める者、せわしなくあたりを警戒しながら食べる者、仲間と談笑しながら食べる者。


 今回の訓練に限ればどの行動が一番正しい、という物は無い。


 さっさと食べて行動できるようにするのも良い、たとえ仲間が辺りを見張っていようと警戒を怠らないのも良い、休むべき時に休んでおくのも良い。


 強いて言うならば警戒しながらさっさと食べて仲間と軽口でも言い合える様になればなお良い。


 重装騎士だろうが中装騎士だろうが軽装騎士だろうが仲間を大切にしない者は皆総じて騎士失格なのだ。


 騎士道に反する、というやつだ。


 さて、調子の悪そうな者も見当たらないしそろそろ俺も昼飯を食べてしまうとしよう。



「教官!こちらに向かってくる人影を発見しました!」


「関係者か?」



 ここは一応騎士団が訓練地として利用している森だ、民間人や遭難者なら保護しなければならない。



「えっと…関係者?ですね」


「そうか、なら良い。報告ご苦労」



 訓練生は敬礼をし、元の持ち場へと戻っていく。


 関係者がこうして訓練地に来ることは珍しくないが…今回はいつもより深い場所へ入り込んでいる。


 探されれば簡単に見つかりもするが、迷わずこちらへ向かってきているのならそれは少し珍しい。


 もしや何か問題でも発生したのだろうか?


 何はともあれ決断は早い方がいい、まずは遠視魔術を行使して報告された人物を探す。



「…ん?」



 どこか見覚えのある外套を纏った人影が見えた。


 心臓がどきりとし、冷や汗が滲む。


 近場で見張りをしていた訓練生を捕まえて、少し用事が出来たので俺が戻るまで予定通り訓練を進める様に伝える。


 すぐに走りだしその人影の元へと向かう。


 目の前に到着すると美しい声が耳にすっと通る。



「こんにちは」


「こんにちは、良い日和ですね。…本日はお会いできて光栄です、サリン様」



 外套越しにでも伝わる圧倒的な品格と美しさ、そして可愛らしさ。


 この俺が見間違う筈も無い。


 だがもしかするとお忍びであるかもしれない為一応声を小さくしてご挨拶をする。



「不思議ですわ…何故わかったのかしら。この外套は特注品ですのに」


「愛していますので。このくらい当然です」


「!…時々思うけれど貴方本当に…い、いえ。なんでもありませんわ」



 若干お姿に靄がかかって見えにくいが…こう、なんだろうな…兎も角サリン様だと解る。


 本当に愛の力なのかもしれない。


 多分今も視覚としては見えないが耳を赤らめて嬉しそうに微笑まれているお姿が…脳裏に浮かぶのだ。


 おっといけない、それよりもサリン様の目的を聞かなければ。



「してサリン様、本日はどのようなご用向きで?」


「?用も何も。カロンに会いたくなったから来ただけですわ」


「そ、れは…大変光栄なのですが…護衛は…?」


「捲きましたわ」



 思わず天を仰ぐ。


 あぁ、世界で二番目に輝かしい太陽よ。


 かの最高におちゃめで可愛らしいお姫様を見てくれ、いいだろう?俺の婚約者様なんだ。



「……流石サリン様にございます…」


「一人になるのは少し不安だったけれど…城にいるよりカロンと居る方が安全ですもの」


「ご不安にさせてしまい申し訳ありません…」


「本当ですわ。ずっと一緒に居れないのは仕方無いとしても同じ建物にすら居ないだなんて」



 そう、実はサリン様がこうおっしゃっている様に俺は王国に帰ってきてからというもの殆ど常に最低でも同じ建物内に居る様にしていたのだ。


 こうして野外訓練の人手が足りない時などどうしても仕方のないときはサッと行ってサッと帰ってくるようにしているのだが…それでもやはりサリン様はそれをよく思っていらっしゃらない様子だ。


 たまに発作的に俺が死んだ時の事を思い出しどうしようもなくなるのだとか。


 おそらく今日も偶々そういった日だったのだろう、本当に申し訳ない事をした。


 それに俺だってそういう時はあるものだ、無性にサリン様を抱きしめたくなる瞬間がある。



「…もう少しで訓練も終わります。もしよろしければ帰りは一緒に行きませんか」


「帰るだけ、ですの?」 


「では向こうに着いたら現地で良さげなお店を探しましょう。いかがですか?」


「ええ、よくってよ」



 もちろんこんな事もあろうかとサリン様と訪問する事になるかもしれない店には大金を握らせてある、つまりはいつでもどんな時でも予約を一枠取ってあるのだ。


 当然食事の種類はそれぞれ別々に、だ。


 サリン様のその日のご気分に合わせて最適な店選ぶことが出来る様にしてある。



「あっ、折角城下で食事をするのならジオネも呼びましょう?」


「………承知致しました」



 成程、うむ。


 大丈夫なのだろうか。


 だが、ここは正々堂々と騎士らしく女性方をエスコートさせて頂こう。


 愛の大きさに違いは無い、そうあるものだと俺は誓ったのだ。


 どちらにも寂しい思いなどさせはしない。


 いざという時は”誓い”無しで腹を切る。


 それが騎士であり漢というものだ。


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