219.煙草の一本くらい良いと思うのです
「あのさぁ」
「…」
俺は今、面会に来たスタンに叱られている。
理由は簡単。
「煙草はまだダメってぇ言われたんじゃなかったっけぇ?????」
「…はい」
つまりはそういうことなのである。
煙草が身体によくないのは分かっているが…わかっていても吸いたくなるのが喫煙者の性だ。
「君さぁ…肺までぼっろぼろなの忘れちゃったの?」
「覚えてます」
スタンが真顔でそう詰めてくる。
なるほど、スタンは怒ると真顔になる人種だったようだ。
「じゃあぁなんで吸っちゃったの」
「喫煙所があると聞いて…居ても立っても居られずに」
スタンがニッとほほ笑む。
凄まじい圧だ、これほどの物は大戦で会った枯れ木の魔族以来…
「でも駄目だよねぇ」
「言い訳を一つよろしいでしょうか」
スタンの表情は変わらない。
かなり怒らせてしまっているらしい、とはいえ俺の身を案じて怒ってくれているのだからありがたいことだ。
「どうぞ」
「私は騎士として最重要任務を終えました、それも完璧に」
「うん」
「煙草の一本くらい良いと思うのです」
「駄目だねぇ」
駄目だった。
しかし煙草は吸いたい…どうしても吸いたい。
駄目です、はいそうですかと終われるような物ではないのだ。
…だからここでとっておきの一言を使わせてもらおう。
「確かに医者にはそういわれました。しかし…」
「…」
「”姫様”には禁止されておりません」
「あ"!!ずっる!!!そこでサリン様を出すのかぁ騎士君!卑怯者ぉ!!」
「はは、なんとでも仰ればよろしい。私は姫様の騎士、姫様以外の命令を聞く義務はありませんので」
どうだスタンよ、これこそ俺の最強の一手。
俺はまだ姫様に入院中煙草を吸うことを禁じられていないのだ。
…まぁそもそもこの話題を姫様にお出ししていないので言われてないだけだが。
「わたくしがどうかしましたの」
「「あ」」
死に際に聞きたい声第一位間違いなしの美声の持ち主が廊下からひょっこり可愛らしく姿をお見せくださった。
とんでもないタイミングで。
やはりサリン様は尋常ではないお美しさだ、美貌の神もきっと嫉妬で狂う事間違いなしだ。
「姫様、おはようございます。本日も大変お美し
「サリンしゃま!!!騎士君が!騎士君がぁ!」
「おはようカロン。それでスタン、カロンがどうしましたの」
しまった…!
サリン様の太陽のごとき美貌に目を焼かれている内に先手を取られた!
い、今すぐ口を挟みたい所だが…サリン様のお話を遮るなど騎士としてあってはならない…!
「ぎゃッ…サリンしゃまかわいい…可愛すぎるぅ…じゃなくって!!煙草!タバコ吸ってたんですよぉ屋上で!!」
「あら、そうですの?カロン」
サリン様がこちらを一瞥される。
なんと鋭く美しい視線だ、まるでガラスの剣の様だ。
…いや実際にはいつも通りの視線なのだが、今の心情的にそう思えてしまう。
くっ…スタンめ、サリン様の後ろで勝ち誇ったような顔をしている…。
「…はい、息抜きにと思いまして」
「へぇ」
その一言だけでかわいいのはもう天の至宝ではないか…っ!
よし、素直に怒られよう。
正直サリン様に駄目だと言われれば無論やめるつもりではあったのだから。
「その…煙草って」
「どういたしましたか?」
サリン様は少しもじもじとしながら何かを言いかけられた。
何か気になる事でも御有りなのだろうか?それともやはり禁じられるか。
「ど、どんな感じですの?」
「「え」」
「ほ、ほらっ煙草を好む方って多いでしょう?だから少し気になって」
耳を赤らめてあたふたとそう仰られるサリン様のなんと愛おしい事か…。
「そ、そうですね。説明するのは難しいですが…煙草を吸うと落ち着きます」
「へぇ…そ、そうですの」
「はい。慣れてくると旨く感じてきますね」
「サリンしゃまぁ…煙草は身体に悪いですよぉ」
「それはもちろんしっていますわ。でも、その…」
サリン様はちらりとこちらに視線を流される。
…まさか、まさかそうなのですかサリン様。
いやしかし思いあがってはいけないぞカロン・ヴァンヒート。
「し、慕っているお方と同じものを好きになりたいって思うのは…仕方無い…でしょう?」
あまりの可愛らしさに俺は一瞬気絶した。
ずっと…ずっとこういう日常会話のようなものが書きたかったんです…。