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騎士と狂姫は歩く  作者: 御味 九図男
第7章:狂姫と天才
217/226

217.騎士


 暖かい光がぼんやりと瞼越しに視える。


 やけに身体は痛み、うまく動かせない。


 せめて何がどうなっているのかは確認しようと瞼を開く。



「…」



 黄金の美しい髪が俺の顔を覆っている。


 窓から漏れる光に触れてきらきらと輝く髪越しに視線だけで辺りを見る。


 白い天井に白いカーテン。


 どこかにつながっている管。


 ここは病室か。


 そこでやっと気が付く。


 姫様が俺の首元に顔をうずめて、小さな寝息を立てていらっしゃる。


 心臓が高鳴る。


 そうか。


 俺は生きているのか。


 姫様が傍にいらっしゃるという事が俺が生きている何よりもの証拠だ。


 姫様がお亡くなりになる事などありはしないしあってはならないのだ。


 それにもし俺が死んでいるのならきっと姫様とは会えまい。


 俺は、俺だけは地獄にしか行けないのだから。



「…」



 というか何故俺は生きているんだ?


 直前の記憶はソニに首を落とされた所で止まっている。


 確かに俺の”誓い”は己の身体が生物としての死を迎えたとしても事前に身体中に組み込んだ誓約に則り

身体が朽ちるまで活動し続けるといった物だが…。


 生き返るなんて誓約は組んでいないし、それは魔学論理的にも不可能な筈だ。


 まさか姫様が何かしてくださったのか?


 あり得る、姫様ならばできるのかもしれない。


 大穴でスタンといった所か。


 そういえばスタンは無事なのか?


 この病室には俺と姫様しか居ないが…。



「…」



 …いや、もう少しこのまま…二人きりで。



「姫様」



 起こしてしまわないようにそっと重たい腕で姫様の髪に触れる。


 そして俺の顔にかかった髪をそっと下ろす。


 …いや、美しいし何か良い香りもするしでこの上ない様な褒美ではあるんだが…ちょっとくすぐったいのだ。


 何をどうしたらこんなにさらさらな髪を維持できるのか。


 魔術だけではこうはいくまい。


 再び姫様の髪に触れる。



「またこの手で貴女に触れることができるとは…思ってもいませんでした」



 ああ、生きているのだ。


 俺も姫様も。



「こんにちはぁ~!!騎士君どうです~!??」


「…」



 出た、スタンだ。


 ぼさぼさだった髪を後ろにひとまとめにしていて印象は変わったが確実にスタンだ、人をなめ腐ったような言動が全く変わっていない。


 しかしまぁ…こんなことだろうとは思っていた、ここは病室なのだし仕方無し。


 いや仮にも病人がいる所でそんな大声を出すのはどうなのだろうか。


 しかし生きていたか、流石にアレだけのことがあって無事では済まないだろうと思っていたが。


 そうか…良かったじゃないか、本当に。



「ってありゃぁ…今日は流石のサリンしゃまもお眠りになったんですねぇ」



 スタンは俺が目覚めたことに気が付いていないのか姫様にそっと毛布をかける。



「これでぇよし、と。さぁて騎士君~?もうすぐだよぉ、もうすぐサリンしゃまの秘術でおはよ~のお時間だからねぇ」



 なんだそれは。



「サリンしゃますっごく頑張られてるんだからさぁ~?絶対に起きないとダメだよぉ?」



 …もうすぐ?ではまだ俺に何らかの処置を施す前ということか。


 いや…じゃあなんで俺はもう目覚めてるんだ。



「もしぃ~ちゃんとおきれたらぁ~」



 スタンがくねくねしながら独り言を続ける。


 一人でそんな事して恥ずかしくないのか。


 いや、彼女なりに自分の不安と戦っているのかもしれない。



「なんでもいう事聞いてぇ~あ・げ・るぅ~!ぎゃひひ!なぁ~んちゃ


「禁酒しろ」


「ヒッ」



 どたたっと大きな音を立ててスタンがひっくり返る。


 しかしすぐに立ち上がりベッドの淵からそっとこちらを伺ってきた。



「なんで生きてんのぉ????」


「失礼すぎるだろうが」


「あっごめんなさい」



 おっとつい語気が強くなってしまった。


 スタンは普通に話す俺を見てぎこちない動きでベッドの淵に座る。



「嘘でしょ…まだ秘術は実行していないのに…ちょっとまってね…」



 スタンは医療魔術装置をのぞき込んでしばらくしてから言葉を続ける。



「どう見ても死体のバイタルしてるんだけど…心臓もめちゃ動き悪いんだけど…というか心臓動いてるだけの死体なんだけどぉ」


「はは、死体と話す気分はどうですか」


「どうって…」



 スタンは俺を見たまましばらく黙るといつの間にかぽたぽたと涙をこぼし始めた。



「うれしいぃにきまってるでしょ」


「…」


「大変だったんだよぉ。いや君ほどじゃないけどさ、君は頭を乗せたら動かなくなるし。サリン様が少しづつやつれていくのを毎日見てることしかできないしさぁ!秘術の材料あつめだって…」



 ぽつぽつと語るスタンを前に俺は黙って話を聞く。


 みんな相当頑張っていたらしい、その後の処理も俺のことも。


 こういう時、何を言うべきか。


 答えはもう昔見つけた。



「ありがとう、よく頑張りましたね」



 動きがぎこちない、きっとスタンも大きな怪我をしているのだろう。


 いつもなら痛い痛いとのたうち回る彼女がそうせずに気丈に振舞っている事から事の重大さはよくわかる。



「う、うっうぅ…違う、違うんだよぉ騎士君」



 大粒の涙をこぼしながら話を続けるスタンを待つ。



「君がぁっ、君が…一番頑張ったんだよぉ。大戦が終わって傷を癒す時間も無いまま戦い続けてぇ誰かのために自分を犠牲にし続けて…命まで落として、なのにそれでも守る為に戦い続けて…」



 まるで懺悔でもするかのようにそう話すスタンの瞳にはまるで今までの出来事が映っているかのようだ。



「サリン様の陣営でぇ犠牲になったのは…騎士君、君だけなんだよ…」



 そうか死んだのは俺だけで済んだのか。


 どうやら俺はしっかりと役目を果たせたらしい。


 俺以外の死者が出なかったのなら満点だろう。



「君は一人でワタシ達みぃんなを守ることが出来たけどさぁ!ワタシたちはぁっ、ワタシ達は君一人守る事すら出来なかったんだよぉ…」



 そうか、それでそんなにもスタンは苦しんでいるのか。



「だから”違う”んだよぉ…君はワタシ達に恨み言の一つくらい言ってもいいのにぃ…」



 ならば俺から伝えなければならないだろう。


 何故俺がそこまでして君たちを守るのか。


 結局のところ、すべてはコレだ。



「騎士ですから」



「うぅっ…う、う、うっさい!騎士だからって死んでいい訳ないでしょぉ~ッ!!君が死ぬことで悲しむ人もいるんだよぉ!」


 怒らせてしまった。


 しかしなぁそういわれてもなぁ。


 そうだ、ここはひとついつものアレだ。



「栄えある王国の民を守ることは騎士の務めであり当然のこと、戦争で死んでいった仲間たちもまた貴女達を守るため望んで死地へ向かったのです。その事について心を痛める必要はありません。貴方達が血と汗を流して働き税金を納めるように我々も血と汗を流し国を守るのです、方法は違えど私たちは共に国の為働いているのです」


「なんだその定型文はぁ!!」



 嘘だろう…もっと怒らせてしまった…一般的な王国市民ならば涙を流して喜んでくれる文句だというのに…。


 うすうす気づいていたがもしやスタンはただものじゃない…のかもしれない。



「ん…」



 姫様が小さく動かれる。


 そしてそのままゆっくりとお身体を起こされる。


「あっすみませぇん…サリンしゃま…」


「…スタン病院ではもう少し…」



 そして目が合う。


 寝起きにも関わらずあまりに美しいそのお姿に呼吸すら忘れる。


 豊かに降り注ぐ後光を通しきらめく金髪にまだ眠たげな蒼く深い瞳。



「おはようございますサリン様」


「…!」



 姫様が勢いよく俺の胸に飛び込んでこられる。


 それを優しく受け止めて抱きしめる。


 もう決してできないと思っていたが…こうして愛しい姫様を抱きしめていると…こう言葉にできない感情が押し寄せてくる。


 あぁ、幸せだ。



「カロンっカロン!…心臓が…動いている、生きてる。どうして?まだ蘇生”魔法”の儀式も行っていないのに!」



 非常に珍しくいつもの気品のある話し方も崩されている。


 間違いない、やはり俺は姫様にもう一度会う為に生き返ったのだろう。


 それに…その”魔法”とやら、何やら嫌な予感もする、人一人を蘇生させる物だ、必ず大きな代償をともなうものだっただろう、実行される前に間に合って良かった。



「姫様のお手を煩わせる訳にはいきませんので」


「…こほん。失礼、少し取り乱してしまいましたわ」



 俺の胸元から顔をお上げになった姫様はいつもの無表情ではなく、年相応の笑顔だ。


 これは生き返る、当然生き返るだろう。


 事実死人が生き返っているのだ、姫様の笑顔は人を生き返らせる力がおありのようだ。



「とは言いましたが実のところ…」



 騎士として姫様の元に帰ることが出来た。


 ならばもういいだろう。


 使命は全うした、ならば次は。



「どうしても…もう一度貴女に会いたかったのです」



 俺自身の言葉で、俺の帰るべき場所へ。

ぐ…年内に終わるか怪しい…


完結は必ず、誓ってさせますのでもう少しだけお付き合いを…。

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