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騎士と狂姫は歩く  作者: 御味 九図男
第7章:狂姫と天才
216/226

216.さようなら


 暗い道を歩む。


 何も見えなくてどこへ続いているのかも分からない道を歩んでいる。


 ずっと身体にまとわりついていた痛みや疲労が無くなって清々しい。


 いつまでも、歩き続ける。


 穏やかな道なのだから少しくらい休んでいってもいいのかもしれない。


 だが今はやめておこう。


 いつでも歩みを止められるのなら休むのは今じゃなくてもいい。


 周りの人々もそうしている。


 ああ、俺は一人じゃない。


 すれ違う人、同じ方へ進む人。


 子供から老人、様々な人がいる。



「はぁ…」



 道端で途方に暮れている黒髪の女がいる。


 その女の先にはいくつかの分かれ道があってそれに迷っているのだろう。



「あ?なんだお前」



 声を掛けようと思い近づいたら機嫌の悪そうな声で女が話した。


 そう誰にでも雑に絡むものではない、困っているのなら誰かを頼るべきだ。



「んなこたわかってんだよ…」



 自分で道を決めたいのだろう、女は再び自らの道と相対して考え込む。


 いいことじゃないか、悩めるだけの選択肢があるというのは。



「そーかよ」



 彼女はまだ若い、沢山悩み選んで行けばいい。


 きっととても大変だろうがきっと沢山悩んで選んだ道なら後悔はない。


 悩み過ぎて疲れるのならたまには直感に従うのもいい。


 そうやってうまくやっていけばいい。



「直感、ねぇ」



 彼女はゆっくりと道を見渡した後、歩き始めた。


 きっと進むべき道を決めたのだろう。


 すぐに人ごみに紛れて見えなくなってしまった。


 俺も歩こう。


 暗く何もない場所を道と定めて歩く。


 先ほどの彼女とは似ても似つかない道だ。


 もはや道と自分で言っているだけでその実道などではないのかもしれない。


 しかし歩けているのだから問題はないだろう。



「ぐぅえ」



 すれ違った人が転んだ。


 振り返り手を差し伸べる。



「あぁ~ありがとぉ」



 青い長髪をぼさぼさなままにしている女が俺の手を取って立ち上がる。


 髪を雑に扱っているからそのように転ぶ、次からは結んでおけば多少はマシになるだろう。



「へ?あぁすいませぇん…」



 呆けた様子の女の髪を強引につかみ、まとめ上げてひもで結ぶ。


 これで前も見やすくなっただろう、次からは自分でやることだ。



「はぁい」



 一瞬何をされたのか分かっていなかったようだったが、ふと我に返ったのかあたりを見渡している。


 道を間違えるなんてことがあっては後悔どころではないだろう、己が歩む道くらい自身の目で見ることだ。



「あれぇ…なんでワタシこんなところにぃ?」



 …大丈夫なのだろうか。


 俺の心配とは裏腹に進むべき道は見つけたのかすぐに引き返して自身の道を歩んでいった。


 まぁそういうこともあるのだろう。


 人の数だけ道はあるのだろうから。


 俺も歩むべき道を行こう。


 たとえ暗く何も無かったとしてもこれが俺の道なのだから。



「君は幸せになった?」



 俺の道の端に積もった灰が話しかけてきた。


 何を言っているのかわからない、質問の意図もいまいち理解できないが…多分。


 俺は幸せになれたんだろう、誰かに必要とされて、誰かの特別になって、誰かに愛されて。


 だからきっと幸せになれたと思う。



「いいね」



 ああ、そうだろう。


 でも…そうだな。


 少し疲れてきた。


 そろそろ休みたい。


 身体の疲労は無いが身体の芯が、酷く疲れている。


 もう十分頑張っただろうと、完璧だっただろうと、これ以上はなかっただろうと。


 心地の良い達成感に満ち溢れて、いい気分だから歩みを止めて一度腰を下ろして休みたい。


 額の汗を拭って自分の作った砂の城を眺めるように。



「その身体で?」



 ”(コレ)”の事か?それはまぁ比喩表現というやつだ。


 無いのはもう仕方がない、道も見えなくて不便だが…仕方がない。


 仕方が無いからといって歩みを止める理由にはならなかった、俺は歩み続けた。


 すごいだろう?


 後悔も無い、あの時はああするよりは無かったし現状以上の成果は無かったに違いない。



「本当に?」



 あぁ、本当にもう後悔は無い。


 満足ではないが。



「何故?」




 俺を待っている人がいる。


 その人が俺を待っているから俺は休まず歩き続けているんだ。


 どこに行けばいいのかは分からないが…後になってあの時休まなければと後悔しないためにも。


 俺は…



「そっか…」



 あぁ、だから俺はまだ満足はしていないんだ。


 歩み続けて彼女に会わなければ。


 きっと今も一人で俺を待っているんだ。



「じゃあいいよ」



 俺の足元がほんの少しだけ明るくなる。


 よく見ると今にも消えそうな小さな火が頼りなく浮いている。


 先ほどまで人間一人分はあった灰がさらさらと後ろへ流れて行き今はもうほとんど残っていない。



「ついてきて」



 それだけ言い残すと灰は全て流れて行ってしまった。


 胸が裂けるように痛む。


 理由もわからないまま小さな火がほんのりと照らす道を歩む。


 歩いて歩いて歩いて歩いて。


 もう他に誰もいない。


 俺と”()”だけだ。


 優しい明りが明滅し始めた頃、ふと覚えのある香りが鼻を掠める。


 ほんの少しだけ香る控えめな花のような香り。


 優しく額を撫でる感触。


 覚えのある苦い薬の味。


 きらきらと輝く金色の光。


 あぁ、もう行かなければ。


 徐々に白んでいく中で最後に真っ暗な底から暖かい声が聞こえた気がした。


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